環境に適応する為には、自覚的に洗脳される必要がある??

新しい職場や、新しいコミュニティ等、

新しい環境に身を置くと、

一番最初は、すっごく疲れるものでもありますよね・・・・。

まぁ、今までの習慣や、

今までの環境にいた人と、また別の人達と、

絡んでいくことにはなりますから、

当たり前っていっちゃあ、当たり前なのですが・・・(苦笑)。

だけど、人によっては、

新しい環境ばかりに飛び込んでいるのにも関わらずに、

また、

新しい人達ばかりに囲まれているにも関わらずに、

さほど、疲れを感じさせずに、

普段通りに、安定しながら、環境に適応しているようにも、

見える人も、存在することでしょう・・・・。

まぁ、実際は、メンタル負荷が、全く無いことなぞ、ありえないことでしょうが・・・(^^;)

でわでわ、そのような、

環境適応能力の高い人達っていうのは、

一体、どのようなことを、心がけているのでしょう??

勿論、

当たり前に出来ていることでしょうから、

無意識的な、習慣とはなっていることでしょうが、

環境適応能力が、低い人達にとっては、

それを噛み砕いて、

自分自身の習慣にも、加えて行きたいものでもありますよね〜??

それを踏まえて、今回は、

環境に適応する為には、自覚的に洗脳される必要がある??

ってテーマに沿って、アレコレ考察して行きましょう!!

スポンサードリンク

誰しもが持ち合わせている、環境適応能力。

人間っていうのは、

誰しもが、環境に適応する能力を持っています

もっと言えば、

どんなイイ環境であっても、ワルイ環境であっても、

慣れてくるってことでもありますね・・・・(^^;)

でも、

その環境が、

今までの、自分の信念と呼ばれるようなモノと、反していた場合、

慣れてしまった自分に、自己嫌悪してしまい、

『自己矛盾』が出てきて、後々、苦しむ種になってしまいます。

変に、メンタルブロックを作り出してしまうような経験を、

環境に適応する時に、無自覚に経験してしまう危険性があるってことですね。

だからこそ、

その、無自覚な領域に意識を向けて、

自覚的に適応する必要性があるってことなのです。

まぁ、

『慣れてしまう』ってことを、

『自覚的に選ぶ』必要があるってことです。

自覚的に選ぶってことは、環境適応能力とは、真逆の発想。

ちょっとややこしい話にはなりますが、

上記にあげた、自覚的に選ぶってことと、

環境適応能力、すなわち、慣れてしまうってことは、

真逆の発想になります。

人によっては、

「そのうち慣れてしまうんだから、環境に流されるままで、選ぶ必要がない。」

って思っちゃうような、

豪胆な人も、中にはいるでしょうが、

そういう人こそ、注意が必要でもあるのです。

簡単に一言で言うと、

そのような人っていうのは、

豪胆に見えて、

『情報リテラシー』が低い在り方を、体現している状態だと言えます。

そのように、

「そのうち慣れてしまうんだから、選ぶ必要がない。」

っていう考えで、

自分の環境を、運任せで決めてしまうと、

長期的視点、もしくは、未来視点という風な、

その先に続く、自分の選択肢の可能性の視点から観ると、

その無自覚な選択によって、未来の選択肢が、決定されて行くとも言えるものなのです。

要するに、

自分自身が、本来、

望んでいる方向性の選択肢では無く、

運任せの選択肢が、未来に待ち受けるようになるってことですね。

まぁ、

運任せではありますから、

ワルイ選択肢しかやってこないってことでは無いことでしょう。

但し、

自分が本来、望んでいた選択肢が、

その未来に存在しなかったとしても、

自分自身の行動にも、責任があるって事実を、

決して、

ぬぐいきれるものではありません

要するに、

悔いが残るが故に、

環境の責任にするという風な、

決して、

全力を出し切ったという感覚を、得ることが出来ないまま、

あやふやな経験となってしまうってことですね・・・・(^^;)

まぁ、

自覚的になった方が、

環境に、適応した経験自体が、活きてくるっていうことですね!!(笑)

スポンサードリンク

過去の経験自体のイメージを、より良くすることが、経験を無駄にしない秘訣。

過去の経験自体のイメージを、より良くして行くことが、

経験を無駄にしない秘訣となります。

が、

経験自体は、捏造したところで、変えられるものではありません

要するに、

現在や、未来から観て、

変えることが出来うるのは、

経験自体では無く、

その経験の捉え方や、イメージでしかありません。

まぁ、

捉え方やイメージが、無理無く、より良くなって行けば、

その経験自体が、アドバンテージとなり、

現在や、未来での、現実的問題に対する、対応策ともなりうることでしょう。

だけど、

自分の経験全てを、肯定的に捉えることなんて、

なかなか出来るものじゃあ無いでしょうし、

色んな視点から捉えれば、

否定的、絶望的な視点も存在するのが、

当たり前の感覚でもあります。

それが全く無いって人は、逆に、視点が足りない状態かと・・・(^^;)

それを踏まえた上で、

自覚的に、肯定的な視点を、選択し続けることが、

大事となるってことですね。

言い換えると、

否定的な視点や、絶望的な視点が、

存在することを、認めた上で、

自覚的に、排除する必要もあるってことです。

否定的な視点や、絶望的な視点ってものは、盲点を作る。

否定的な視点や、絶望的な視点は、

自己矛盾を起こしやすいものでもあり、

盲点=スコトーマを作り出します。

また、あるいは、

精神的リスクがかかり過ぎる選択になるとも言えます。

だからこそ、

盲点=スコトーマになること自体も、

自己防衛の為でもありますし、

本能的なものでもあるのです。

過去の経験自体を、

より良いイメージの捉え方が出来ていれば、

当たり前に選択出来るような事柄が、

否定的な視点や、絶望的な視点での、

イメージ付けが出来上がっていると、

『自己矛盾』が起こり、

凄い罪悪感を感じてしまったり、KYな選択に思えてきてしまうのです。

まぁ、

このKYって表現自体、

人の顔色を伺いながら、選択するような、

思考の抽象度が低い、狭い枠での中の表現ではあります。

だけど、

絶対的ルールを『在り方』で示すには、

最適な言葉ではありますね。

でも、

ちゃんと、より良いイメージの、

過去の経験を踏まえた、『理念』や『ポリシー』があれば、

抽象度の低い狭い枠の中で、

一見、KYになるような事をしても、

逆に、

周りを巻き込んでいけるものなのです。

何も前提が無い、

突発的なKYや、占い的なKYは、

タダの無法者ですがね・・・・(^^;)

そのような、行動ベースの在り方は、

人を有無を言わさずに、巻き込んでいく特性も持っていますので、

巻き込めたもの勝ちとも言えますが、

そのKYの背後には、

ちゃんと、より良いイメージ付けがなされた、

過去の経験を踏まえた、『理念』や『ポリシー』が必要ではありますね・・・・。

行動ベースの在り方でも、注意が必要な人もいる。

行動ベースの在り方は、

人を巻き込みやすいものでもあり、

現場でのリーダーシップには必要不可欠でしょうが、

中には、ちゃんと、

より良いイメージ付けが出来ずに、

もしくは、

過去の経験を踏まえていないにも関わらずに、

巻き込む事だけが、上手い人も、中には存在する事でしょう。

また、逆に言うと、

そういう人を見分ける為にも、

過去の経験を、より良いイメージ付けにする習慣を取り入れて、

『情報リテラシー』を高めておく必要性があるのです。

そういう巻き込む事だけが上手い人っていうのは、

在る意味、

突き詰めて言うと、社会悪的存在とも言えます。

まぁ、

目新しいものって言うのは、

誰しもが、巻き込まれ易いものでもあります。

もっと言えば、

ある意味、

巻き込まれることを、完全に予防することは出来ないけど、

その対応策は、予め、用意しておけるものでもありますね。

自分自身に、そのような、

心当たりがある方は、

自分自身が、よけいな洗脳を撒き散らしているっていう、

『自覚』も必要ではありますね・・・・(^^;)

ま、あくまでも、

価値構築の構造を、考慮してでの視点の話ではありますが。

簡単に言うと、

対応策を用意出来ていて、実行出来る方が、

価値の循環はなされることでしょうから・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

環境に適応するってことは、

無自覚に適応するってことと、

自覚的に適応するってこととの、

二種類があるってことでしたよね??

自覚的になる為にも、

ちゃんと、より良いイメージ付けをした、

過去の経験を踏まえた、

『理念』や『ポリシー』というものをもちましょう!!

それがあって、初めて、

人を巻き込む事に、『価値』がでます。

もっと言えば、

責任を持てるってことですね〜。

で、

その『理念』や『ポリシー』に沿った、

環境であれば、

みずからあえて、飛び込んでみるって事が大事になります。

これが、要するに、

『自覚的に洗脳される』って事なんですね。

またこれは、

信頼する人を、自分で選択するって事でもあります。

その選択する人の、言動をみて、

『理念』や『ポリシー』に注目するんです。

『理念』や『ポリシー』に注目するって事は、

単純に、

目の前の、その人だけをみて、判断するってことじゃあ無くて、

過去を踏まえた、在り方でもあり、

未来さえも、踏まえた在り方を観るってことですね。

この推測は、また、

思考の抽象度を高める訓練にもなります

自分を良くみせる事だけに特化して、

口だけが上手い人っていうのも、

世の中には、沢山いますから。

その口と、その人の行動や、

過去の出来事の『捉え方』に、

決して、全てとは言いませんが・・・(苦笑)、

一貫性が存在する事が、

信頼し続けれる人の、まず最初の、第一条件ともなることでしょう。

これも、

思考の抽象度が低く、情報リテラシーが低ければ、

タダの詐欺師や、

アピールだけが上手い人との見分けがつかなくなるとは思いますが・・・(^^;)

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする