自己愛性パーソナリティ障害の克服と活用法とは??

自己愛性パーソナリティ障害ってものがあります。

これは要するに、

ありのままの素の自分を、受け入れることが、

難しくて、変に、自分のことを、

優れていて、特別扱いされるのが当たり前と感じ、

偉大な存在で、あらなければいけない・・・・と、

思い込むことで、

自分自身の、アイデンティティを保つ障害でもあります。

まぁ、

障害とは言いますが、

実質的には、

誰しもが、そのような一面を、

持ち合わせているでしょうし、

また、

決して、現在では、

精神疾患や、精神病に分類されるものでもありません

だけど、

そのような、誰しもが持ち合わせている一面だからこそ、

その特性を克服したり、

活用出来るようになれることが、

また、

あらゆる人にとっての、

価値構築の手段ともなりうることでしょう・・・・・。

それを踏まえて、今回は、

自己愛性パーソナリティ障害の克服と活用法とは??

ってテーマに沿って、アレコレ考察して行きましょう!!

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自己重要感と自己愛の関係性。

自己愛性パーソナリティ障害っていうのは、

所謂、

自己愛が欠乏している状態を、

さしています。

また、

自己愛って概念は、自己重要感って概念とも、

近い意味合いを持っていますね??

自己重要感と言うと、

斉藤一人さんで、有名な言葉であります。

自己重要感って概念を、

かいつまんで言うと、

人の人気や、魅力の差っていうのは、

どれだけ、

この自己重要感が高く満たされているかって事でもあります。

人っていうのは、

基本的に、

生まれや、環境や、育ち方によって、

不平等なものでしょう。

でも、

それぞれの人によって、

目の前に現れる、人生の問題っていうのは、

勿論、

同じような人も、中には存在するけれども、

基本的には、

人それぞれではありますね。

先祖から受け継いだDNAや、幼い時の環境で生まれた『自我』や、

その後の自分で選んだ環境によって、

目の前に現れる問題っていうのは、

ある意味、

無限に存在するものです。

でも、

その本人の自覚次第では、

何時いかなる時、

または、

何時いかなる場所からでも、

自分の自己重要感を満たして行く事が可能でもあり、

それによって、

自分の人気や、魅力を高める事が出来る=魂のステージを、

高めて行くことも、可能であるということですね。

要するに、

原則的に、人は不平等ではあるけど、

成長率とか、幸福感という風な、

自分自身の世界観からの、当事者意識での視点から考察すると、

チャンス自体は、平等だって事です。

でも、

自己重要感って言葉の響きだけ聞くと、

「自分を重要視して、自分だけ満たせばいい。」

って、安易に考えてしまうものでもあることでしょう・・・(^^;)

これそのまますると、

普通に嫌われますよね?(笑)

もしくは、

普通に罪悪感にまみれてしまうでしょうね・・・・(苦笑)。

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自己重要感とインナーチャイルドの関係性。

上記にあげた、

「自分さえ満たせればいいんだ。」

って考え方の人って、

口でどんだけ、いい事を言っていても、

オーラというか、雰囲気というか、『在り方』に全部でます(笑)

でもね、

「自分さえ満たせればいいんだ。」

この考え方って、

実は、

突き詰めて、追求して行くことが出来うると、

正解に辿り着くんです。

ここでの正解とは、自己愛を満たすってことですね

自分の感情を、満足させる事って、

とことん追求することが出来うると、

人をその、満足の感情で、

巻き込んで行くことが出来うるのです。

自分の感情を満足させる事っていうのは、

自分自身の自我を満足させることでもあり、

自分自身の、インナーチャイルドを満たす事にも当たります。

インナーチャイルドを満たす事が出来ると、

実質的に、

行動や、他人に奉仕する事に、見返りを求めなくなります

もっと言うと、

実質的には、構造的に、価値提供出来うると、

自然と見返りも求めるのですが、

行動自体にも、自分自身を満たす、

もしくは、

自分自身を磨くといったような、

価値感を見出すことが、出来るようになり、

欠乏感によって、行動しないように、なりやすくなって行きます。

この、

インナーチャイルドが満たされていない『在り方』の人っていうのは、

他人に奉仕する事に抵抗があり、

簡単に言うと、

奉仕する=損をするってパラダイムにいます。

要するに、

欠乏感によって行動している状態でもあり、

大義名分がないと、行動自体に、

価値感を、見出しにくい状態でもあります。

だからこそ、

自己愛が大事になると言うことです。

自分のインナーチャイルドに、恋するのじゃあなくて、

自分のインナーチャイルドを愛するのです。

まず、そこが、

自己重要感を高めるポイントでもあることでしょう!!

これが、自分のインナーチャイルドに、

恋する状態だとすれば、

自己愛は満たされずに、

エゴの肥大化が起こり、アンバランスな状態に、

陥ることでしょう。

まぁ、それが、

所謂、

自己愛性パーソナリティ障害って状態なのでしょうが・・・・(苦笑)。

もっと言えば、

この、自分のインナーチャイルドとの関係性ってものは、

親子の関係性とも、酷似したものですね。

要するに、

自分のインナーチャイルドに、恋している状態って言うのは、

所謂、

モンスターペアレンツ状態でもあり、

自分の子供を、依怙贔屓している状態でもありますから・・・(苦笑)、

客観的な、他人の視点から見ると、

あまり、気分がいいものでもありませんし、

どちらかと言えば、

「身内だけでしてろよな〜」とも、

思ってしまうものでもありますし(^^;)、

本人達(ここでは両方自分自身)も、

過剰な依怙贔屓状態に、

なんだか、疲れてしまうものでもありますよね・・・・(苦笑)。

要するに、

自分のインナーチャイルドを、愛する状態が、

如何に、大事になるか?ってことです。

その状態は、

自分自身にとっても、自然に満たされる状態でもあり、

客観的に見ても、

応援や、共感を生むと、言うことです。

自分自身の、インナーチャイルドを愛する。

自分自身の、インナーチャイルドを愛するということは、

「何時いかなる時でも、自分は自分の味方である。」

って事を、現しています。

また、

「何時いかなる時でも、自分の成長を信じている。」

って事も、現しています。

また、これは、

勿論、

自分自身からスタートすべきことではありますが、

出来るようになる=人にも、同じスタンスで接する事が出来ることでしょう。

またまた、

人から始めようって人も、

中には存在するでしょうが、

それは、ある意味、

偉大なことではありますが、

自分自身の、インナーチャイルドってものを、

過信しがちでもある認識を、

持ち合わせていた方が良いですね。

偉大なことは、

地に足がついていない状態だと、

矮小を産むことでしょう。

別に、

いきなり、偉大になる必要性なんて、どこにもありません

偉大さは、自分のインナーチャイルドを、

地に足をつけて、愛し続けた先に、

結果的に出来上がるものでしょう。

偉大である必要性はありませんが、

矮小さを、回避することによって、

普通でもあり、凡人の器でありながら、

器を最適化し続けることが、大事となることでしょう。

その為にも、肝要ともなるのは、

人と接する時であっても、

「まず、自分の感情を満たす。」

ってことなのです。

これは、一見、

場合や、場面によっては、

矮小にも見えないこともないでしょうが、

矮小ってものも、

偉大ってものも、

構造によって出来上がるものでもありますから、

その後の展開次第では、

どちらにも転ぶものでもあることでしょう。

まぁ、

その接する人によっては、

「KYな、変わった奴。」

に見えることもあるでしょうね。

でも、

言っちゃあなんですが、

「まず、他人の感情を満たす。」から始める人と比較して見ても、

大きい流れや、大きい空気といったような、

構造的なものは、肌感覚で解るようになりえます

だから、その場は、

一見、KYな変な奴に見られても、

その後の流れでは、先回りしてるようにも見られることでしょう!!

要するに、プラマイ0で、普通な凡人の器となるってことですね・・・・(笑)。

これもまぁ、

自分の感情を満たす事を、追求しているだけですし、

そう言えることが、強みともなりうることでしょう・・・(笑)。

自己犠牲からは、生き辛さが産まれる。

自己犠牲から始めると、

結果的には、生き辛さに繋がってしまいます。

勿論、多くの仕事等は、

構造的には、

自己犠牲が、お金になるとも言えるものでもありますし、

また、

働くってことは、端を楽にするとも言いますね。

要するに、

他人が面倒に思うことや、

そもそもとして、

自分で出来ないこと等を、代わりにやることが、

お金となるってことですね。

まぁ、だけど、

この視点ってものは、

あくまでも、客観的な人ごとの視点に過ぎないことが、

仕事ってものを、泥仕事だけに、

していないことにも、当てはまることでしょう。

要するに、

個人的な世界観や、個人的な視点や、

または、身内的な世界観や、身内的な視点からは、

客観的に、泥仕事のように、見えるようなことでさえ、

「まず、自分の感情を満たす。」ことに、

出来うるということです。

これが、

「まず、他人の感情を満たす。」だと、

一見、

すばらしい愛に溢れた、尊い自己犠牲に見えるでしょうが、

必ず、それ相応の、見返りを求めてしまうのが、

凡人の器でもあり、普通の器でもありますから・・・(苦笑)。

それが全部、

お金に変換される構造でもあり、

環境であれば、さほど、問題は無いこと、

かもしれませんよ・・・・(笑)。

だけど、現実的には、

自分が提供した感情でもあり、

そのメンタル負荷の対価を、

どこかで、欠乏感によって、求めてしまうのもまた、

凡人でもあり、普通の人でもあることでしょう!!

それらを踏まえて見ても、

『愛』っていう、大きな概念にフォーカスして、

それをまず、自分の内観に向けることが大事だということです。

「『愛』ってなんなのか、正直、いまいちよくわかんねぇよ。」

って思う方は、

「まず、自分の感情を満たす。」自己愛を追求すると、

言葉云々よりも、

体感で理解出来ることでしょう。

別に、

かわいいねぇちゃんに、

臭い言葉を言う事だけが、『愛』じゃあないと思うんで(笑)。

まず、自分の感情を満たす事によって、

湧き起こる、温かい感情であり、

体感から始まるものでしょう・・・・。

この『愛』ってものは、

宇宙と繋がっていて、調和をもたらすことでしょう!!

『愛』=全体と繋がっているって理解すると、

「自分はいいから、人を優先しよう。」

って言うような、自己犠牲には、

逆に、『愛』が無いって事が、腑に落ちます

無償の愛とも言いますし、

そこに条件は、本来、必要無いんです

もし、そこに条件があるとすれば、

それは、

「まず、自分の感情を満たす。」

って事です。

一見、

まず他人を満たしているのに、

凄い、魅力や、人気がある人っていうのは、

自分の感情を満たす敷居が低くなって、

絶望の坩堝にいるように見えても、

自分の感情を満たすことが可能な、

自分の感情を満たす専門家なのです。

そのような人達は、

一見、

まず他人を満たしているように見えて、

キッチリ、

自分、最優先なんですね。

要するに、

自分のインナーチャイルドっていう、

土台の支援が、必要不可欠だということです。

まとめとして。

いかがでしたか??

自己愛を満たすことは、

応援や、共感を産むことにも繋がるでしょうが、

逆に、

離れていく人も、多く出てくることでしょう・・・・。

だけど、

繋がる人や、関係性を続ける人っていうのは、

人数が、多ければ多いほどいいってものでも無いことでしょう。

それよりも大事となるのは、

どれだけ、質の高い、

人気や、魅力を得ることが出来うるか??ってことでもありますし、

その、質の高い関係性が、

また、新たな質の高い関係性を、

生み出すことでしょう!!

人気や、魅力っていうのは、結構、フワフワした表現ではありますが、

お金や、人間関係や、ツキや、運ってものにも関係してくるような、

要するに、

人生全般に、大きく関わってくるものですよね。

小手先のテクニックや、

ただちやほやされる事とは、

また、

違うものでもあることでしょう!!

まぁ、

人気や、魅力が高まってくると、

結果的に、ちやほやされるのでしょうが・・・(笑)。

その状態でも、

他人の感情を満たす意識よりも、自分の感情を満たす意識の方が、

エネルギーが高くなっているからこそ、

変に、下心丸出しにならずに、

魅力的に見えるのでしょうね・・・・(^^)

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