原点回帰とは??決して、馬鹿に出来ない微差とは??

初心に帰るとか、

原点回帰するって言葉があります。

その意味を考察してみると、

物事の一番最初の状態に立ち返って、

考え方や、在り方を見直すって意味合いを持っていますが、

逆から言うと、

いつまでも、初心者の考え方や、

いつまでも、初心者の在り方では、

人としての成長が見えないものでもあり、

周りからも、馬鹿にされてしまうものでもありますよね・・・・(^^;)

まぁ、勿論、

初めて取り掛かる物事であれば、

原点に立ち返って、

謙虚な気持ちで行うことは、

はたから見ても、

美しく、微笑ましくも見えるものでもありますが、

結果的には、

物事の流れでもあり、段取りを理解して、

一つ上の概念に意識を置き

建設的なコミュニケーションを行いながら、

周りの人達と、上達していく為には、

「如何にして、初心者意識を脱出出来るか??」

って部分が、にもなることでしょう!!

それを踏まえて、今回は、

原点回帰とは??決して、馬鹿に出来ない微差とは??

のテーマについて、アレコレ考察して行きましょう!!

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自分の原点を知る。

自分の原点というと、

簡単に言うと、純粋意識の事ではあります。

先日の記事でも出てきた、

インナーチャイルドと呼ばれるものとも言えますね。

参照

自己愛性パーソナリティ障害の克服と活用法とは??
自己愛性パーソナリティ障害ってものがあります。 これは要するに、 ありのままの素の自分を、受け入れること...

また、自分の原点とは言いますが、

単純に、

自分の原点=親とか、先祖とかではないことでしょう。

いや、勿論、

確かに、

自分の純粋意識の衝動に従っていくと、

親とか先祖とかにも、関連していくものだとは思いますし、

これ自体は、決して、親とか先祖に感謝しないってことではありません

親とか先祖は、存在自体が、既に、自分が存在出来ている理由ともなりますから。

また、

インナーチャイルドと言うと、

自分の幼い頃に培った、『自我』のコアにあたる部分ですね。

人は、

幼い頃の環境に関わってきた人達でもある、

親や兄弟や、身近な人達から、影響を受けながら、

自分自身の、自我ってものを、確立するものでしょう。

でも、

純粋意識の衝動ってものは、

別に、

親しい間柄の人の『自我』とは、

全く関係ない所からやってくるものでもあるのです。

もっと言うと、

周りの人達の、物真似だけが、

自分自身を突き動かしてきた、

モチベーションの源泉でもある、純粋意識の衝動とは、

決して、言い難いものでもあったと言うことです。

僕自身、

ギターを始めたのも、

元々は、

兄や、親しい友達がギターを始めたって事はありますが、

その後の、ギターのプレイスキルを磨いていく為の、

モチベーションの元になった、純粋意識の衝動ってものは、

今振り返って見ると、

自分自身の内の、抽象度の高い目標でもあり、

抽象度の高い概念から、そのエネルギーが流れ込んでいたって思うのです。

これを、もっと噛み砕いて言うと、

その時、その時の、

勿論、

環境や、周りの人との、コミュニケーションでもあり、

やり方、在り方に、インスパイアを受けたのは、

事実ではありますが、

それだけでは決して無く、

「こういう自分で在りたい。」

っていう想いが、

ギタースタイルに投影されていたのだと思うのです。

普通の人は、

『それ』が、勉強であったり、

また、

ファッションであったり、新しい電化製品を買う事だったりするんでしょうが、

僕の場合は、

ギターのプレイスキルや、仕事の段取り立てや、

仕事の作業効率を上げる為のスキルに向かっていたってことですね!!

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純粋意識の衝動を、アウトプットする時の注意点。

純粋意識の衝動とも言いますから、

何かしら、

行動=アウトプットに変換されるものではありますね。

ただ単に、

自分の中で、悶々とするくらいであれば、

たとえ、文章化でも、

何もしないよりは、100倍ましなものでもあることでしょう!!

また、

それを、人にコミュニケーションの一環として、

伝えてみることも、

大事になることでしょう。

但し、その場合は、

頭越しに、反対しないような人を、選ぶことが大事ですね・・・(笑)。

そのような人ばかりが、

周りにいる場合は、

ある程度、行動であり、

文章化を進めた後に、事後報告として、

伝えることが、ともなることでしょう!!

また、色んな事柄でもあり、

色んなシチュエーションで湧き出てくる、

「こういう自分で在りたい。」

っていう想いなのですが、

どんな事柄でもあり、どんなシチュエーションであっても、

上記にあげた、『適切に伝える能力』っていうのは、

ツキや運を味方につける上で、大事になってくることでしょう!!

ツキや運っていうものは、

物事を成し遂げる為には、不可欠なものでありますし、

サッカーに例えてみても、

アウェーゲームな状況よりも、ホームゲームな状況の方が、

何かと、能率も上がり、やりやすい状況ではあることでしょう。

また、

ツキや運っていうものは、

人が運んでくれるものであります。

もっと言えば、

人との良好な関係性が、

ツキや運ってものを、運んでくれるものでしょう。

要するに、

『適切に伝える能力』って言うのは、

人から好感を持たれる為の、『適切に伝える能力』の事ですね。

人から、好感を持たれると、

それが人を通して循環し、

好影響を与えれた相手、もしくは、

全く別の相手から、自分にも好影響が返ってくるってものでもあります。

※これを返報性の法則とも言いますね。

この好影響っていうのは、

実は、その場では、

相手にとっては、ありがた迷惑に感じられても、別にかまわないものでもあります。

もっと言えば、

ありがた迷惑に感じられたならば、

その想いを、伝えることを、

程々に抑えることも、大事になることでしょう・・・・(苦笑)。

その場では、

伝えること自体を、程々に抑えるのは、

自分自身の、アウトプットのモチベーションを、

奪われないように、する為でもありますし、

物事の、全体像も見えていないような、

出だしの部分で、モチベーションを奪われることは、

何一つ、建設的な行動に、繋がって行かないものでもありますからね・・・・。

その為にも、

勿論、

全体像が見えた後に、

人の迷惑になったり、方向性が望ましくないって腑に落ちれば、

行動を修正していけばいいのでしょうが、

それでさえも、

自分自身の、自発的な行動を、

諦める理由には、決してなり得ないことでしょう。

ただし、

伝えることを、程々に抑えるっていうことは、

その行動自体は、人に直接、見返りを求めてはいけないっていうルールがありますね。

これも、

先日の記事で語った、『自己愛』とも関連するんですが、

自分のインナーチャイルドに恋していると、

一々、行動自体に、見返りを求めてしまうのが、

凡人でもあり、普通の器の人でもあります・・・・(苦笑)。

これが、自分のインナーチャイルドを愛していると、

行為自体にも、受け取れるものが存在し、

自分の欲を、律しやすくなるってことですね。

参照

自己愛性パーソナリティ障害の克服と活用法とは??
自己愛性パーソナリティ障害ってものがあります。 これは要するに、 ありのままの素の自分を、受け入れること...

誰しもが持っているであろう、純粋意識の衝動。

今までの人生での、

その時、その時の、

色んな事柄でもあり、色んなシチュエーションからインスパイアを受けた、

「こういう自分で在りたい。」

っていう想いって、

誰しもが持っているものでしょうし、

誰しもが、物事の細部の拘りには、

そのような想いが反映されていることでしょう。

その細部の拘りってものには、

実は、必ず、

人から好感を得れる事に、

繋げることが可能な、種が存在するって思うのです。

また、

『細部の拘り』って言うくらいでもありますから、

そのままでは、恐らく、

ほぼほぼ、他人から観たら、

「何でそんなことを、一々、気にするのだろう?」

って思われるような、

客観的に見れば、

取るに足らないようにも、感じてしまうものなんだと思いますよ。

でもね、

自分自身が拘れた

もしくは、

自分自身が自然に頑張れた、

または、

楽しみを持って追求できたって事が、ここではとなるのです。

この、

他人から観たら、

取るに足らないもの=微差ってものが、決して馬鹿にならないのです。

実質的に、

この微差が構造化されて、

人から好感を得れる程の、規模でもあり、

機能となった時に、

人を通して循環する事によって、

自分自身の世界観でもあり、セルフイメージに、

大差となって現れることでしょう!!

また、

目の前の仕事や、物事を、

自然に頑張って、楽しみを持って、前向きに取り組むには、

この微差が必要不可欠です。

これも先日の記事で語ったのですが、

参照

自己愛性パーソナリティ障害の克服と活用法とは??
自己愛性パーソナリティ障害ってものがあります。 これは要するに、 ありのままの素の自分を、受け入れること...

自分の感情を満たす専門家になる為には、

目の前の嫌な事から逃げるんじゃあ無くて、

自分なりの微差を追求する事によって、

嫌な事の捉え方を変える事や、

楽しみを見出すことにより、

その先の展開には、自覚的に、

自分自身の、

純粋意識の衝動の企画を、織り交ぜていくことが、大事になることでしょう!!

また、この微差は、

例え、親兄弟であっても、

似ている部分はあっても、

また、

『違う』と言えるし、

『違う』と認識出来る微差でもあります。

『自分独自』の微差でもありますし、

一人一人の人が持ち合わせて良い、微差でもあることでしょう!!

だからこそ、

追求する事で、『オリジナル』な大差を生み出せるのです。

まぁ、

追求する事自体は、微差の追求なのですが・・・(笑)。

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まとめとして。

いかがでしたか??

自分自身の原点っていうのは、

「こういう自分で在りたい。」

っていう、純粋意識の衝動なのです。

これは、

その時、その時の、

「こういう自分で在りたい。」

っていう、

抽象度が高い、目標というか、イメージというか、

概念ってものを、

現実的に、具体的行動に、微差として落とし込んでみると、

衝動として具現化されていくものでしょう。

微差として、落とし込んで行くうちに、

ふいに、

「コツが解った。」

っていう風に、

ヒラメキや衝動として、現れるものでもありますね。

頭の中だけじゃあ生まれないし、

行動を起こしていくうちに生まれるものでありますし、

それは、自分自身の、専門性を高めるものでもあることでしょう。

また、

別に、人に教える必要もありませんし、

人がそのまま再現出来る必要性もありませんから、

人の代わりに、実行することが、肝ともなるってことですね・・・(^^)

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