シュールの意味と使い方を知って、上手く表現しよう!!

よく、お笑い等で、

シュールとか、シュールな笑いとか言いますが、

シュールって意味を調べて見ると、

フランス語の、シュルレアリスムの略語でもあり、

その意味するところは、

「超現実主義」を表しています。

だけど、

これも、言葉の響きだけを受け取ると、

現実主義を、突き詰めたような、

現実=リアルを重視しているような、ニュアンスを受け取るかもしれませんが、

実は、

シュール=超現実主義ってものは、

現実主義を、突き詰めたが故に、

逆に、実際には、

現実にはありえない風な表現となるということでもあります。

要するに、

ありふれた、コミュニケーション的な表現では無く

どちらかと言えば、

芸術的な、表現方法でもあり、

その解釈は、受け手に委ねられることにもなり、

そのままでは、

「非現実的・現実離れ」をした、表現方法ともなるということです。

だけど、上記のことだけを見ていると、

芸術家とか、お笑い芸人とかにしか、

無用の表現方法とも、

見れないこともありませんが、

実は、

あえて、シュールに表現することで、

既存の固定観念を、打ち砕いて、新しい解釈を、創造する役割も、

無きにしもあらずではあります。

要するに、

既存の固定観念でもあり、

既存の成功事例のコピーでは無く

その、既存のものを、踏まえながらも、

また、

新しい世界観を、構築していく為には、

ある意味、

無くてはならない表現方法でもあるとも言えるものなのです。

それを踏まえて、今回は、

シュールの意味と使い方を知って、上手く表現しよう!!

ってテーマに沿って、アレコレ考察していきましょう!!

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シュールの意味を、個人的に考えてみる。

シュールって言葉の意味自体は、

上記にあげた、

「超現実主義」でもあり、

「非現実的・現実離れ」をした、

表現方法のことでもあります。

が、

これを、僕自身の、個人的な解釈で表現して見ると、

シュールと言うと、

意味的には、

現実的にはありえない、または、

直視したくない表現であるにも関わらず、

何故か、感情に響くって事でもあります。

この感情に響くって事を、

もっと掘り下げて見ると、

面白く感じるって事であったり、恐怖を感じるって事でありますね。

要するに、

ここでの、感情が動く方向は、

プラスであり、マイナスであり、どちらでもいいってことです。

また、

このシュールに表現する利点っていうのも、

個人的に解釈して見ると、

周りの人とはちょっと違う、

解釈を提示する時に、この、シュールに表現するってことが、

役には立ちます

簡単に言うと、

周りの、当たり障りの無い同調圧力を振り払って、

ぶっ飛んだ解釈や、微妙な解釈を提示する時にこそ、

役に立つとも言えます。

ここで、そのまま、

シュールでは無く、ストレートに表現してしまうと、

同調圧力と、正面からぶつかってしまい、

「KY」だとか、「また、始まったか」っていう風な、

空気感になってしまいガチではありますが(苦笑)、

シュールに表現することで、

「あくまでも、提案している。」という風な、

クッションをおくことが、可能な、表現方法でもあります。

また、

シュールに表現するっていうのは、

ちょっとずらして表現するとも言えます。

そのまま表現すると、

意見のぶつかり合いになってしまうような事や、

または、

端から除外されるような事を、

人に適切に伝える為の、最初の一歩になる表現とも言えます。

またまた、

そのような、ある意味、

本音の部分でもあり、サイレントマジョリティになっているような意見ってものは、

大抵が、人々の、メンタルブロック負荷が、

かかっている部分が故に、

感情的になりやすくもあり、

スコトーマ(盲点)ともなっている意見でもありますから、

決して、

そのまま何事もなく、受け入れられるという風な、

甘い認識は、持ち合わせていない方が、宜しいものでもあることでしょう!!

※まぁ、それ故に、受け入れられること自体に、価値のある意見ともなることでしょうが・・・!!

まぁ、

シュールなだけに、

それを提示された相手は、

最初の反応としては、

しら~っとするか、若干寒く感じることでしょう・・・・(笑)。

が、

それを提示出来た、表現出来たっていう、

既成事実でもある、

その微差は、

現実の方向性の舵取りに、

後々、すごく大きな差になって現れてくるものですし、

そういう認識を持っていた方が良いことでしょう。

またまた、

そのすごく大きな差ってものは、

上手く行かないパターンと、それを回避出来た認識を得ることによって、

初めて、価値として、享受出来るものでもあり、

何も考えずに、何とは無しに、

環境に合わせているだけでは、

自分自身でも、その、何気ないのに、

時間短縮出来ている事実や、効率性が、

大幅に上がっている事実を、「当たり前」と認識してしまい、

それを再現することが、

容易では無くなってしまうものでもありますね・・・・(^^;)

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シュールに表現して、固定観念を破壊することの利点とは??

シュールに表現することで、

既存の固定観念を破壊することにも繋がります。

が、だから故に、

その表現方法は、

ストレートでは無く、シュールである必要性があります

何故ならば、

既存の固定観念の破壊ってものは、

むやみやたら、

思いつきや、直感だけで、行うものでも無いことでしょうし、

それは、ある意味、

既存に存在する、元々存在していた、

価値ってものをも、破壊することに、

繋がってしまうからです・・・・(^^;)

だからこそ、

微差でもあり、徐々に、

意見を交えつつ、破壊しても良い部分だけを見極めつつ、

破壊してしまう必要性もあるのです。

また、

この最初の第一歩を、

適切に踏み出す事が出来ただけで、

その場の空気が、

同調圧力による、狭い、一方通行のような空気感から、

創造性に溢れた、クリエイティブな空気感に変える事が出来ます。

僕が思うに、

人の知的好奇心と、

その場を上手くこなそうとする計算ってものは、

また、別枠なものでもあることでしょう。

もっと言うと、

上手くこなそうと計算する思考に陥ると、

好奇心ってものは薄れる傾向があります。

要するに、

好奇心ってものは、

自然なモチベーションとも、言い換えることが出来ます。

逆に、

計算による思考ってものは、

「~しなければならない。」

っというような、

損をしたく無い、強迫観念のことでもあることでしょう!!

だから、

他人による監視が無いと、

行動モチベーションも、下がってしまいガチになると言うことです。

もうちょい言うと、

損をしたく無い、強迫観念による、モチベーションだけだと、

自分から行動でもあり、アクションを起こして、

なおかつ、

ある一定のラインまでを、やり遂げる為には、

厳しいものがあると言うことです・・・・(^^;)

※まぁ、同じような人がいる環境だと、どうにかなるのでしょうが・・・・(苦笑)。

逆に、

自然な知的好奇心ってものは、

自然と追求してしまうし、

また、

自然と次に繋がっていくものでもありますから、

上手く、自然な知的好奇心から、

損をしたく無い、強迫観念に、繋げてしまうことが、

肝要ともなるってことですね。

その為の、第一歩が、

自分のその時の気持ちに素直になって、

シュールに表現する事でもあることでしょう。

まぁ、

「空気読めよ。」

って、口癖のようになっている人からは、

睨まれる事とはなるでしょうし(笑)、

上記にあげた通り、決して、

そのまま、何事もなく、受け入れられるような、

甘〜い認識は、持たない方が、精神衛生上イイですね・・・・(苦笑)。

だけど、

それでも言えることは、

そのメンタル負荷でもあり、リスクと共に、

シュールに表現すること自体が、

周りの人の活性化にも繋がるし、

自分自身のクリエイティブさも、発揮出来るように繋がっていくことでしょう!!

要するに、

ちょっとしたリスクを負う意義のある事でもあることでしょうし、

逆に言うと、

メンタル負荷や、リスクが大きく感じることを、

実行する時には、シュールに表現するのが、

ある意味、

必須になってくるのでは無いでしょうか??

シュールに表現することで、コミュニティを、より一層、楽しくする。

シュールに表現することで、

ある意味、

余裕が出来ることで、コミュニティや、

場ってものを、より一層、楽しくしていけます

でも、

ここでも、気を付けて欲しいのは、

最初の一歩は、あくまでも、微差にする事でもありますね。

あくまでも、

あえて、シュールに表現するのです。

同調圧力を避けて、

あえて、シュールに表現するのは、

あくまでも、

相手や、周りと戦う為なんじゃあ無く、

場やコミュニティでの、情報の枠を広げる為でもあるのです。

また、

規模が大きいシュールな表現ってものは、

とんでも無い誤解や、むやみやたらに、敵を作ってしまったり、

憎む相手を生み出してしまうことでしょうが(苦笑)、

微差でもあり、規模が小さなシュールな表現は、

大丈夫です。

この世に、それを奪える所なんて、

存在しないことでしょう!!

また、結果的に言っても、

計算で動くよりも、好奇心で動く方が、

やり遂げる力は働きます

また、

体感的、主観的に言っても、

労力で頑張って動くっていうよりは、

「楽しみや、好奇心を追求していると、いつの間にか出来た。」

っていう、ニュアンスになります。

やり遂げる為の、

客観的な作業内容には、さほど違いは無いのに、

余力や『在り方』には、大差が生まれます。

もっと言うと、

作業の質的には、確実に、

質が良くなりますし、

義務感だけで、行う行動よりも、

細かく言えば、作業内容が増えるでしょうが、

それは、モチベーションと、直結していますので、

逆に、

「やりたいこと。」となると言うことです。

要するに、

計算でやり遂げると、

作業内容は、平均的なのに、

「すごく大変だった。」

っていう『在り方』になり、

なおかつ、その結果に固執してしまうものなんです。

逆に、好奇心でやり遂げると、

作業内容も、緻密でこだわり抜いているのに、

「あ~楽しかった。」

っていう『在り方』になり、

「また挑戦したいな。」

や、

たとえ、目に見える、解りやすい結果に繋がっていなくても、

目には見えないけど、『何か』を得た実感は残るものでもあります。

簡単に言うと、

計算による行動は、執着を生み、

好奇心による行動は、

繋がりや『ゲシュタルト』を生むのです。

まぁ、

この、執着と『何か』を得た実感ってものは、

結局は、両方とも、

似たような概念ではありますが(苦笑)、

自分自身への響き方でもあり、

「どんな感情が沸き起こるか?」って違いがありますから、

それによって区別出来ますし、

また、

経験の質によって、区別されているとも言えます。

人の幸福感と言ったものに、

フォーカスをあてると、

この、

目には見えないけど、『何か』を得た実感ってものが、

非常に大事になってくるものでもあることでしょう!!

成功者の名言でもある、

「上手くいくかいかないかは、結局の所、やり遂げるかやり遂げないかだ。」

っていう言葉や、

「上手くいくかいかないかじゃあ無いんだ。やるかやらないかだ。」

っていう言葉も、

結局は、この、

目に見えないけど、『何か』を得た実感ってものを、

どれだけ大事にするか?って事でもあることでしょう!!

まぁ、

ざっくり言うてしまうと、

モチベーション管理ってことになるのでしょうが、

それだけで語るには、

補足が必要な部分が、多過ぎるとも言うことですね・・・・(^^;)

まとめとして。

いかがでしたか??

シュールに表現する事によって、

最初の第一歩の、抵抗を減らすことにも繋がります。

最初の第一歩が、

場やコミュニティーでの、抵抗が大きくもあり、

一番エネルギーを使うってことです。

そこを、なめてかかって、

雑に、勢いだけで行くと、

段々と、失速していきがちにはなりますが、

逆に、

そこで、キッチリと、

抵抗自体を、浮き彫りにしておくことで、

レバレッジがかかって、段々と、楽に、加速していくようにも、

主観的には感じることでしょう!!

まぁ、

上手くシュールに表現すること自体が、

抵抗自体を無視しないで、

代弁するような形にも、なりうるってことでしょうね・・・・(^^)

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