影響力のある人になる為に、日々、心がけておくこととは??

影響力のある人というと、

所謂、

有名人とか、成功者とかそのような人達が、

頭には浮かぶとは思います。

が、

影響力とか、影響が大きい人っていうのは、

その影響の責任ってものも、

何かとつきまとうものだと、想像出来るものでもあることでしょう。

だけど、

こと、影響の責任とは言いましても、

その影響の範囲ってものを、

厳密に調べて行ったり、想像してみても、

ハッキリ言って、

その規模ってものが、大きくなりすぎると、逆に、

その影響の大元っていうのは、

一概に、

自分自身の影響とも、言い難い範囲にも、なってしまいガチでもありますし、

これまた、

ハッキリ言ってしまうと、

個人でもあり、自分自身ってものを、

すっ飛ばしてしまっては、

それは、影響力のある人では無く、

誰か、影響力のある、有名人や、成功者の、

1フォロワーともなってしまいガチでもありますし、

また、

自分の人生を、主体的に生きているとも、言い難いものでは無いでしょうか??

またまた、

影響力ってものは、

勿論、

人から受ける影響ってものが、

大きなものではありますが、

厳密に言ってしまえば、

人以外にも、

環境的なものや、構造的なものからも、

僕たちは、たえず、影響を受けてしまう存在でもあることでしょう・・・・!!

上記のことを踏まえて、今回は、

影響力のある人になる為に、日々、心がけておくこととは??

ってテーマに沿って、アレコレ考察して行きましょう!!

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自分自身の影響力を発揮するには、まず、住み分けの壁を意識すること。

影響力ってものを語る上で、

まず、最初にあげておきたいことは、

人っていうのは、

意識的、無意識的にも関わらずに、暗黙の、住み分けがなされているってことですね。

また、

この『住み分け』っていうのは、

基本的には、

無意識に出るものでもあります。

無意識の内に、

自分とは違う考え方の人や、

自分とはかけ離れた『在り方』の人に出会った時、

自己防衛的に出る、

『見えない壁』の事でもあります。

また、在る意味、

この『住み分け』の為の『見えない壁』ってものは、

人の本能と、深く結びついている部分でもあります。

またまた、潜在意識の、

現状維持プログラム(ホメオスタシス)だとも言えますね。

で、

この『住み分け』が無い人っていうのも

一見、分け隔てが無い、

女神か英雄のようにも、見えないことも無いでしょうが、

実は、

これまた、具合が悪くなるのです。

その理由としては、

『住み分け』が無い=分け隔てが無い=どんな人からでも影響を受けてしまうとも言えるものでもあるからなのです。

要するに、

プラスの影響や、自分の望む影響を与えてくれる人から、

影響を受けるのには、

より多くの影響を受けることで、

プラスに働いて、いいんでしょうが、

それ以外の、

腐れ縁になっているような人や、

なぁなぁの付き合いになっている人や、

はたまた、

下手したら、

その辺にいる、飲んだくれているおっさんや、浮浪者からも影響を受けてしまう事にも、

理論上はなってしまうということだからなのです・・・・・!!

まぁ、実際には、

そこまで、

『住み分け』が無い=分け隔てが無い人っていうのは、

正常な、健康体の人では、存在しないでしょうし、

もし存在するとしても、

それは、環境や構造の制限がある中だけの、話でもあることでしょう。

要するに、

あくまでも、

机上の空論での、理論上での話ではありますし、

お金や、機能的価値や、個人の心の機敏までを考慮に入れると、

住み分けが無い人っていうのは、

決して、

幸福な人生を、送っているとは、言い難いものでは無いでしょうか??

※要するに、お金や機能的価値を、誰にでも分け与えてしまうような人だということですね・・・・(^^;)

まぁ、机上の空論の話は、

ここでおいて置くとして、

実際には、現実的には、

自分が望まない影響を受けた時や、

自分とはかけ離れた『在り方』の人から、

影響を受けた場合、

必ず、『見えない壁』が、

不快感や、マイナスの感情として、自分自身に現れるものでもあることでしょうね・・・・!!

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影響を受ける方向性が正しくても、不快な感情が沸き起こることもある。

影響を受けたい人っていうのが、

定まったとしても、

その、影響を受けたい人っていうのが、

全部が全部、

自分自身の、望みに答えてくれたり、

期待に応えてくれる保証ってものは、

実は、

どこにも存在しないでしょうし、

それは、逆に、

宗教で言う、教祖様のような、

依存関係を、生む危険性があるものでしょう。

だからこそ言うのではありますが、

自分が望む『在り方』の人からの影響であっても、

今、現時点の自分の『在り方』とかけ離れていた場合は、

安易な、お花畑な妄想ばかりが、

先行しガチにはなってしまうのでしょうが(苦笑)、

相手も一人の、自我を持った、人間ではありますから、

不快感や、マイナスの感情を受け取るような、

影響を受ける可能性があることを、

あらかじめ、想定しておくことって、

意外と、大事なことでもありますね・・・・。

要するに、

ここが、自分自身の、

影響力を高める為には、ポイントともなるのでしょうが、

例え、

『見えない壁』を取っ払って、

影響を受けたとしても、

それを、

何かしら、微差の行動に変換して、

その行動をとり続けない事には、

自分の影響力を、高めて行くことは、出来ないことでしょう。

このポイントに気付くことで、

解って来ることの一つに、

望ましい在り方の人から、

影響を受けること自体も、勿論、大事なことではありますが、

実は、

自分自身の影響力を高める為に大事になるのは、

実践でもあり、アウトプットの方だという事実にも、

気が付くことが、出来うることでしょう。

また、そのような、

実践でもあり、アウトプットってものの、

微差の領域にこもってくる、根源なる部分には、

実は、

自分自身をより良く、自分自身を、真に望む方向に舵取りをする『何か』が存在するのです。

これは、

一種の信仰の類ではありますが、

そのような意識で、

実践、アウトプットを行って行き、

なおかつ、経験則的に振り返って見れば、

ある意味、

全ての行動が、自分自身をより良く、

自分自身が、真に望む方向に舵取りされているとは、

多分、

全てが終わる時までは、わかりっこ無いことでしょうが・・・(苦笑)、

自分で微調整している実感くらいなら、

腑に落とすことが、可能でもあることでしょうね・・・・・!!

人の性善説を信じてみることが、個人を活かす術。

上記のことは、

人の性善説、性悪説で言うと、

性善説にあてはまります。

簡単に言うと、

エネルギーレベルが低い所に留まる人や、

エネルギーレベルの向上を図らない人っていうのは、

この根源にある『何か』の意志を、

自分自身で、無視し、

それによって、結果的に、

自己を信頼出来なくなり、

放って置くと、性悪な事をしてしまうっていうパラダイムなのです。

逆に、

エネルギーレベルの向上を図る人や、

この根源にある『何か』の意志を、

自分自身で感じ取り、

それによって、

自己を信頼出来る人っていうのは、

もう、

一見、性悪な事をしているようでも、

結果的には、すべて、

性善な事に落ち着くっていうパラダイムにいます。

要するに、

人の性悪説を信じている人っていうのは、

環境や、構造や、誰かの指示が無い限りは、

人の為になる行動なんて、自発的に行えないってパラダイムだと言えますし、

逆に、

人の性善説を信じている人っていうのは、

自発的な、自分自身を満たしうる行動が、

結果的に、

環境的や、構造的や、誰かの為の、行動に繋がるっていうパラダイムだと言えるのです。

要するに、

自己愛ってものが、キーともなるってことですね。

自己愛っていうのは、

エネルギーレベルの向上を図る事でしか生まれないのです。

で、

エネルギーレベルの向上を図る為の、

実践でもあり、アウトプットの微差にこもっている、

根源にある『何か』と共に進む覚悟が出来ている人っていうのは、

自浄作用が働くものでもあります。

これは、要するに、

色んな人や、物事から影響を受けて、

自分自身が、おかしな方向に進んでしまっている時に、

現れて来るものでもあり、

違和感や、マイナスの感情や、予感として、

自分自身を正しい方向に、軌道修正してくれるものでもあるのです。

もっと言うと、

違和感や、マイナスの感情や、予感といったような、

面倒なイメージがつきまとうものでもあるのですが(苦笑)、

葛藤こそが、

実は、

自分自身を、望ましい方向に、軌道修正してくれているのです。

その軌道修正は、

予兆としては、

体感的な事や、感情やイメージに過ぎないことでしょうが、

『それ』を自覚的に、

目の前の行動に、微差として反映する事で、

いくらでも、

『在り方』は軌道修正出来るものなのです。

もっと言えば、

その微差の行動から、必要であれば、

新しく挑戦する道も、見えてくると言うことですし、

その新しい道は、自分の経験則の、

使い道も、発見出来るものでもあることでしょうね・・・・・!!

要するに、

自分の受け取る現実や、

自分自身の『在り方』を決めるのは、

勿論、

体感的な事や、感情やイメージは、

予兆としては現れますけど、

実際には、

例え微差であったとしても、

それを決定づけているものは、『行動』の方なのです。

マインドだけじゃあ、体感は得れますが、

それだけじゃあ、現実や『在り方』に、変化は訪れない

要するに、

過去のパターン性の繰り返しに過ぎなくなるってことです。

※勿論、その繰り返しは、無意識的な場合が多く、後になって気づくような話ではありますが・・・・。

たとえ、微差であったとしても、

過去を踏まえた上での、意識的な『行動』によって、

自分自身の現実=自分自身の在り方に、

変化でもあり、進化が訪れるのです。

だけど、上記のことを、

現実的に体験して、腑に落ちた上でも、

僕たちは、自分とかけ離れた『在り方』の人と対峙した時、

『住み分け』の為に、『見えない壁』を無意識に創り出すことを、

やめることは無いことでしょうし、

それは、自然の法則でもあることでしょうし、

自分が人だという、証明でもあるでしょうし、

自我が存在する、証明にもなることでしょう。

それはまぁ、

たとえ、自動的な反応だったとしても、

自己防衛の為であり、生存本能でもあるから、

仕方が無いと言うことです。

でも、それでも言えることが、

自分が望む、エネルギーレベルの高い、

影響力が高い『在り方』を手に入れる為には、

あえて、

自覚的に、

意識の上だけでも、

もとい、

意識的に、『見えない壁』を取っ払っうことにより、

たとえ、

自分自身の、現時点での在り方からの理解からでも、

受け入れてみる事が、大事になるのではないでしょうか?

それでも尚、違和感がものすごいのなら、

『それ』は、

今はやるべき事じゃあ無いんだろうし、

また、

そもそもとして、

たとえ、真新しいことへのチャレンジだとしても、

将来的に見ても、

自分には必要の無い事だという判断も、可能になると言うことですね・・・・・!!

その判断ってものは、

決して、チャレンジしなかった後悔先行のマインドでは無く

その方向性にとっての、

アドバンテージとなりうる、マインドが、

結果的に、出来上がって行きますから、

その葛藤自体でもあり、

それを、意識的に、行動に反映し続けた事実自体が、

決して、無駄にはならないってことでもありますから・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

実践でもあり、アウトプットの微差にこもる、

根源にある『何か』っていうと、

ちょっと大層に聞こえますが、

要は、

まずは個人として、

まず、自分自身が、自分の感情を素直に受け止める事であり、

ちゃんと感じて、実践でもあり、

アウトプットとして、表現してみるってことなのでしょう。

実践でもあり、アウトプットと言いましても、

効率重視や、能率重視といったような、

お金だけに、フォーカスを当てることにより、

そのお金の流れまでを、意識していかないことには、

このミクロの部分にあたる、

人の感情を度外視する場面が、現実的には、多々あることでしょう。

だけど、ほんとの意味で、

長期的な、効率や能率を求めるのならば、

人のやる事は、全部、感情を無視しては成立しないことでしょう・・・・・!!

それを追求し続けることこそが、

結果的に、自分自身の影響力を、高めていくことにも、

なっていくのでしょうね・・・・(^^)

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