多様性を受け入れるってことが、人と共に歩むってこと。

人には、それぞれ、

育った環境や、付き合ってきた人や、

家族の影響があり、

その人によって、

似通った部分は、存在するでしょうが、

厳密にみていくと、

それぞれの、自我でもあり、

趣向でもあり、価値観ってものに、

違いってものが存在することでしょう。

まぁ、実際には、

テレビ等の、マスメディアで、

メインとなる価値観でもあり、

お金ってものの使い方さえ、

ある程度のマニュアル化がなされていることでしょう。

だけど、

そのような、ある程度のマニュアル化がなされているとは言いましても、

より、突き詰めた、自分自身の趣向でもあり、

自我の自動反応ってものが、

経験則によって、明確になってくると、

そのマニュアルってものは、

あくまでも、

大衆化として、便宜的に、統合されたものに過ぎなくて、

そのマニュアル以上にもなる、

自分自身の、絶対的な方向性ってものも、

見えてくることにも、なることでしょう。

だけど、

その、絶対的な方向性ってものは、

明確に見えるだけでも、こと足り無いってことでもあり、

それだけでは、

逆に、世間一般の価値観ってものとの、

ズレに、ストレスを感じることにもなり、

その、絶対的な方向性が、不幸感や、絶望感の元とも、

なりかねないものとも、捉えることも可能なのです・・・・・・!!

それを踏まえてみても、

まず、人とか、世間一般の価値観ってものを、

自分の価値観ってものを、横に置いて置いたとしても、

理解することも、重要なことともなることでしょう!!

その上で、

自分自身の、絶対的な方向性は、

分けて保持しておき、

勝手に、草の根レベルから、実行していけば良いとも言えてしまいますね。

上記のことを踏まえて、今回は、

多様性を受け入れるってことが、人と共に歩むってこと。

ってテーマに沿って、アレコレ考察していきましょう!!

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多様性を受け入れるには、マインドセットが重要。

多様性を受け入れる為には、

まず第一に、

意識=マインドセットが重要ともなります。

人っていうのは、

今現在の、

自分自身とかけ離れた『在り方』の人や、

マインドの人や、

その情報自体に出会ってしまうと、

「あの人は特別なんだ。」

っていう意識や、

「どうせハッタリなんだろう。」

っていう意識が、

無意識に湧き起こるものでしょうし、

それが、当たり前の状態だとも言えます。

何故ならば、

『原理原則』で言うと、

そう判断しない=その人と同じ『在り方』や、マインドであると、

宣言する事と同義にあたるからです。

だから、

「あの人は特別なんだ。」

や、

「どうせハッタリなんだろう。」

って考える事で、

現時点での、

自分との差を埋めるんですね。

※もしくは、そこで、多様性を生み出しているとも言えますね。

これは、まぁ、

変に無理ポジして、

背伸びして、自分も同じだと、無意識に体現するのに比べれば、

はるかにマシな判断ともなることでしょうし、

そう考える事によって、

その人の『在り方』や、マインドから、

自分自身を分離させる=多様性を受け入れることだと言えるのです。

だけど、

それだけなら、ある意味、

所謂、「すごい人達」を、

偶像化して、遠い世界の住民として、

眺めていることと、なんら、違いが無いことでしょう。

要するに、

どうせなら、

「あの人と自分の現状は、すごい大差があるって感じるけど、その大差を生み出している微差がどこかにあるはずだ。」

って視点で考慮してみるだけで、

ただの、ファン繋がりとか、

フォロワー繋がりでは無く、

キチンと、

相手も一人の自我を持ち合わせた人間だと、

認識した上での、関係性構築にも、

何かと役には立つことでしょう!!

それこそ、

「あの人は特別なんだ。」

や、

「どうせハッタリなんだろう。」

って考えているだけの状態と比べると、

結果的に、

すごい大差になってくるものでもあることでしょうね!!

上記のことは、

物事の価値観とか、印象を決定づけてくるのは、

勿論、比較した上で判断されてくるものでもありますし、

比較から始まるものでもあることでしょうが、

結局は、微差の違いによって、

良い、悪いとかの印象や、

高い、安いってものの価値判断ってものが、

決定づけられているという、

マインドを元にした、話ではあります。

また、

結局は、判断するのは、

一人の自我を持ち合わせた、人でもありますから、

その最終判断ってものは、微差の領域に、

判断が委ねられることでしょうし、

また、

微差の積み重ねこそが、絶対的判断を、決定づけるものだとも言えますね。

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人の自我や在り方でさえ、微差の違いによって成り立っている。

人の『自我』や、『在り方』っていうのは、

人の数だけ、無数に存在しているものでしょう。

まぁ、

在り方ってものは、

経験則によって、専門性にも違いがあり

たとえ、

同じ情報でもあり、同じ現実を体験したとしても、

関連してくるものや、

その捉え方でもあり、解釈の仕方には

違いが存在することでしょうし、

それが、全く同じである必要性は無いし、

なおかつ、それは、

自分自身が、コモディティ化していることにも繋がることでしょう・・・・!!

でも、

その違いを生んでいるのは、

全部、

ちょっとした事や、

微差と言えるような事の積み重ねで、

印象的に、違って見えるんだと、

経験則的に、腑に落とすことって大事です。

例えば、

自分自身が、尊敬出来る人や、

自分自身が、好きな人の事を、

思い浮かべてください。

たとえ、

尊敬出来る人であっても、

まず第一に、

自分にとっての好感度ありきでもあることでしょう。

もっと言えば、

偉い人や、正論を振りかざす人のことを、

尊敬するとは限らないって事実のことですね。

勿論、

その人の、立ち位置が、

高くなればなるほど、

より、正しく見えガチになったり、

より、偉く見えガチになってくるのは、

現実的な構造上、仕方がないことでもありますね・・・・。

だけど、

自分自身にとって、響く人っていうのは、

そんな、左脳的な理解の前段階に、存在していて、

ある意味、

動物的な判断から、始まっているものでもあることでしょうが、

それでさえも、経験則による積み重ねで、

左脳的、論理的な判断も、可能になるということです。

まぁ、かいつまんで、

簡単に言うと、

自分好みの人間臭さっていえるかもしれないですね。

自分と似た『自我』を持っているって感じれる事が大事となると言うことです。

まぁ、自我とは言いましたが、

ここで言う自我は、

自分だけで完結するものでは無く

人の反応でもあり、情報に対する、

自動的な、心の反応性とも言えるものでしょうし、

好きなものの共有性とか、

嫌いなものの共有性とも言えるものでしょう。

どちらかと言えば、

嫌いなものを共有する方が、

建設的な関係性を、構築していくことには、

繋がっていくものでしょうね・・・・・(^^)

好感度を感じる、自分勝手さってものがキーポイント。

好感度ってものが、

尊敬する人や、好きな人を決定づけるものでしょうが、

それを、自分自身の、絶対的な方向性とするには、

自分勝手さってものも、避けては通れない、

ピースの一つともなることでしょう!!

僕自身、はっきり言って、

「あなたの為ですよ。」

って言うような人や、

「私は嘘をいいません。」

って言うような『態度』の人が嫌いです。

何故かと言うと、

今までの経験で、

そういう『態度』の人は、

第一印象で、すでに、違和感を感じ

その違和感をあえて無視して、付き合ってみたあげくに、

最初に予感していた現実の通りになってしまう・・・・

っていう経験が多々ありましたね・・・・・(^^;)

要するに、もう、

これは、僕にとっては、

直観とも言えるものでしょう。

※まぁ、その、細かいシチュエーションは、ご想像にお任せしますが・・・・(苦笑)。

そのような態度の人は、

ある意味、

そのまま偶像化して眺めていればいいとも言えますし、

あえて、

付き合いを深める価値が無いって言えますし、

逆に、

マイナスの要素が、後付けで、必ず、

出て来ますものでもありますし、

そのマイナス要素の対策でもあり、対応を、

放棄させるために、

「あなたの為ですよ。」とか、

「私は嘘を言いません。」って態度をとっていると、

認識して置いて、

ほぼ、間違いはないことでしょう・・・・・(笑)。

上記のことを、逆に言うと、

好感度を持てる自分勝手さっていうのは、

「自分の言う事を、決して鵜呑みにするなよ。」

っていう風な、

コーチング的『在り方』の人の事でもあることでしょうし、

それを突き詰めて見れば、

自分の専門性を持って、実行することが、

習慣になっている人

もしくは、自分自身の一部となっている人とも、

言えてしまうことでしょう。

そのような人達って言うのは、

言いっぱなしでありながら、

聞く人が聞けば、

人の為になるような事を言う人でもあり、

また、

自分が楽しめる事をしているだけなのに、

人の為にもなっているような人のことでもありますね〜。

こう書くと、

すげー徳が高い、聖者か覚者のようにも見えちゃいますが(苦笑)、

その違いを印象付けている差っていうのは、

今ここの領域からみて、

ちょっとした微差に過ぎないって認識することって、

大事なことです。

まぁ、今ここの領域からみて、

行動に移していくのは、

最初は、ちょっとした微差なんだけど、

その微差に、

人の印象というレバレッジがかかり、

習慣でもあり、自分自身の一部として、

構造化されていくことにより、

結果的に、

大差の違いを生み出していくと言うことです。

また、

最初の方で言った、

「あの人は特別なんだ。」

って考え方や、

「どうせハッタリなんだろう。」

って考え方を、

人に陥らせにくくする為にも、

微差の違いに留めて置くって事が、肝要にもなることでしょう!!

簡単に言うと、

やり過ぎるとひかれるんですね。

飛躍し過ぎて、

現実味を感じれないのです。

微差っていうのは、

今現時点の『在り方』から、

一歩先の『在り方』のことでもあることでしょう。

また、

概念で言うと、

一つ上の概念でもあります。

これが、十歩先に飛躍すると、

その『在り方』や、概念の、

足元の部分が抜け落ちてしまうので、

人からは、想像力が働き辛くなることでしょう・・・・・!!

要するに、

微差っていうのは、

伝えるとか、やる気に火をつける意味での、

コミュニケーションにも適しているのです。

自分一人だけで、納得するんであれば、

十歩先でも、百歩先でも、

別に、

好きなだけ進む歩幅を決めればいいって思いますが、

人ってやっぱり、

人に認められる事が、うれしいものですし、

それが、モチベーションにも繋がるものでしょう。

そう考えると、常に、

一歩先のアクションである、

微差に拘る事が、

ビジネスや、コミュニケーションや、

いや、もう、

自分以外に人間が存在する限りは、必要不可欠な、

『付加価値』を構造化する為に最適な、

アクションのとり方なんじゃあないでしょうか?

微差であれば、誰でも追及出来ますよね??

ただし、

その人によって、

楽しんで追求出来る適正が違ってくるだろうし、

また、

その違いが面白みでもあることでしょう!!

まとめとして。

いかがでしたか??

人の『自我』の違いや、専門性の違いの他にも、

思考の抽象度の違いや、構造的な立ち位置の違いっていうのが、

ありますね。

たとえば、

人と討論や、喧嘩になったとしても、

お互いの立ち位置から、

お互い引かずに討論する事により、

水掛論にしてしまうとします。

それでも、

友好な関係を保ちたい、

もしくは、

お互いにとっての、クオリティオブライフを高めていく視点で考えると、

もう、

その上の概念に、思考の抽象度を高めるしか道は無くなります

そうすると、

付いていける人と、付いていけない人に別れてくることでしょう・・・・!!

簡単に言うと、

自分自身が掲げた、論理を、自分と同一に考えていると、

自分の正当性を押し付けるパラダイムから逃れられないんです。

まぁ、だからと言って、

自分の専門性が明確であれば、

自分自身の専門性=自分の一部だとも、言えるものですから、

それを妥協していては、人生のクオリティは、

決して、高まって行かないことでしょう。

それを踏まえた上で、

あえて、水掛論にする事で、感情を昇華させ、

解放してしまうのです。

そうする事で、

自分=論理っていうパラダイムから抜ける事ができ、

その上で、

お互いの専門性を活かした、第3案を生み出せる道も、

見えてくることでしょう。

別に、毎回、

誰に対しても、論破する必要性なんて、どこにも無いですから。

論破や討論でさえも、

構造的な、微差を構築する為の、

手段にすぎないですし、

実行し続ける奴は、論破されても、実行することでしょう・・・・!!

また、

「尊敬する人。」や、

「好きな人。」って言うのが、

歴史に名高る偉人の人ってのも、

いるでしょうが、

そのような、偉人達でさえも、

「自分好みの人間臭さ。」に、フォーカスを当てることが、

大事になることでしょう。

そのような、偉人達って言うのは、

もうすでに、物語として、完成されているものでもありますから、

ど〜〜〜〜しても、

人間味が薄く感じてしまうものでもありますね・・・・・。

だけど、

「自分好みの人間臭さ。」や、

「人としての自我。」って視点で見てみると、

実際に、微差として、

取り入れやすい部分も、多く出てくることでしょうから、

ただの、偶像崇拝の物語よりも、

もっと身近に、等身大な偉人達を感じることが、

出来るでしょうし、

また、

自分にとっての、偉人と、

また別の誰かにとっての、偉人にも、

また違いが出てきて、

それが、自分の専門性にも、活きてくることでしょうね・・・・(^^)

まぁ、それは、

結局は、自分自身のビジョンなのでしょうが・・・・!!

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