筋を通すってどう言うこと??その意味を深堀するとコレ!!

よく、筋を通すとか、

一本の筋が通っているとか言う、

表現がありますが、

これの意味を、

かいつまんで言うと、

要は、

論理的に考察した上で、

物事の全体性に、一貫性があるってことや、

方向性がブレていないってことに、

当てはまることでしょう。

だけど、

それは、勉強等の、机上の話であれば、

筋を通すこと自体は、

はっきり言って、簡単に可能なことでしょう。

何故ならば、

あらかじめ、考察した通りを、

そのまんまなぞればいいことでしょうし、

後々、修正や、編集しやすいものでもあるでしょうしね。

だけど、

こと、現実的な行動の方に、

筋を通すってことは、

長期的に見ればみるほど、難しいことでもありますし、

またまた、

筋を通すってことばかりを、見ていることって言うのは、

ある意味、

選択肢を、狭めることにも繋がり、

それ自体が、人生の、クオリティを高めていくものであるとは、

一概には、

言えないものにもなることでしょう・・・・・・!!

そのような事柄を踏まえて、

今回は、

筋を通すってどう言うこと??その意味を深堀するとコレ!!

ってテーマについて、

アレコレ考察して行きましょう!!

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人生のクオリティを高めていく為の、筋の通し方とは一体??

これは、要するに、

かいつまんで言うと、

目の前の行為自体を楽しめる事をするってことや、

いまここの自分自身を楽しむっていう事にあてはまるのですが、

何事にも言えることでしょうが、

ただ単に、フワフワと、

「あ~楽しい雰囲気だ。」

終わっちゃいけないのです。

「あ~楽しい雰囲気だ。」

って感じる事自体は、

感受性が高まるし、

それを追求する種にもなる経験ともなりますので、

どんどん楽しさを追い求めたらいいことでしょう。

でもね、

そこで満足してしまうと、

一見、

正当に見える論理や、

一見、

正当に聴こえる論理に裏づけされた、

意見飲み込まれてしまいます

はっきり言って、

誰にでも合う、

正しい論理や、

正当な論理っていうものは、

勿論、大まかな倫理観とか、

道徳と言ったような論理の、

ざっくりとした表現では、存在することでしょうが、

こと、個人の主観の視点から、

考察して、論理を展開していってみると、

誰にでも合う、

正しい論理や、正当な論理ってものは、

もう、

既に、存在しないっていう認識が必要でしょうし、

その認識が明確なほど、正しさや、正当性に近づくって理解も必要でしょう。

論理っていうのは、

基本的には、

枠組みを制限するから、正しく見える側面も持ち合わせています。

まぁ、その枠組み自体が、

自分自身の、自我の『フィルター』とマッチする場合は、

その論理を、

正しい論理や、

正当な論理って表現する事は、

別に問題ない事でもあることでしょう。

だけど、

自分自身で、展開して、

全体像を構築していくと、

また違った構造が、出来上がるってことを、

あらかじめ、伝えておきましょう。

また、そうやって、

自分自身の、自我の『フィルター』とマッチする論理を、

自分の行動に取り込んだ場合であっても、

細かい部分っていうのは、

自分で追求しないといけないし、

そのプロセスこそが、

自分自身にとっての、

正しい論理や、正当な論理ってものを、

追求すると同時に、導き出すことにもなりますね。

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望ましい現実を、引き寄せているエネルギーとは??

上記にあげた、

細かい部分って言うのは、

自分自身の、好奇心に従う部分でもあり、

楽しさや、モチベーションというような、

プラスの感情でもあり、

行動を起こしていくエネルギーでもあり、

望ましい現実を、引き寄せるエネルギーの部分にも当てはまります。

自分自身が、

そういうエネルギーが湧く行動や、

シチュエーションってものを、

誰に言われるでも無く、

自発的に、もっと細かく、ストイックに追求すべきなのです。

そのような、

細かい部分っていうのは、

細かい細部の部分であるが故に、

色んな物事や、

色んなシチュエーションに、応用・流用が利き

なおかつ、

再現性を持つ事が可能な部分でもあります。

勿論、これを、

機能的価値だけで見たり、

客観的な視点だけで見ると、

本当に無用な、無駄な行動にも、見えることでしょうし、

ある意味、

あらゆる事柄に存在する、遊びの部分にも当てはまることでしょう。

車のハンドルの遊びとか、そう言った遊びのことですね。

だけど、

これを、視点を変えて、主観的に言うと、

どんな事柄でも、

自分なりに成し遂げる事が出来るエネルギーって、

言えるでしょうし、

その遊びの部分で、

モチベーションが沸き起こるような、

方向性のビジョンを構築しているとも言えるような、

驚愕の事実があるのです・・・・・!!

またまた、

この自分なりにって言う言葉は、

一般的には、

マイナスのイメージが篭っている言葉でもあることでしょう。

例えば、

自分なりに=自分の都合の良いように物事を観るってイメージですよね。

会社組織や、

学校を例に出すと、

上司や、先生の言う事を、

自分の都合の良いように解釈して、勝手に失敗するイメージでもありますね・・・・(苦笑)。

でもね、

僕が思うに、

会社組織や、学校での、

成功っていうものは、

上司であり、先生でもあり、構造自体が決定していることでしょう。

勿論、

成績でもあり、売り上げをあげていくこと自体が、

学校でもあり、会社組織の、存在理由でもありますから、

その存続の為には、

成績でもあり、売り上げってものを、

度外視することは出来ないでしょうし、

それが、その組織の構造の、

存在意義でもありますが、

そんなことは、頭では理解していても、

感情は、思う通りには、コントロール出来ないでしょうし、

また、

それに付随して、

行動も、思い描いた通りには、踏み出して、展開していけないのが、

でもありますよね・・・・・・(^^;)

要するに、

組織や構造ってものも、

ケツを叩く意味では、必要不可欠なのですが、

それとは、別枠で、

個人的なビジョンってものを、展開していくことも、

また、大事なことなのです。

自分自身が、目指す未来や、目標が、

別に教えてもらわないでもすでにあるっていう人にとっては、

その未来や目標に向かう為の道っていうものは、

自分なりに解釈して、企画して、実行していくしかありません。

上司や、先生の言う事って言うのは、

参考にはなるけど、

自分なりに、個人的に、アレンジする必要性もあるのです。

もちろん、

その上司や、先生が提示する未来の方が、

自分なりの未来より魅力的だった場合は、

その解釈に従えばいいとは思いますし、

組織や構造からの影響力を、

受けた上で、細部をアレンジすることで、

能率も上がることでしょうね!!

企画の為には、出汁とするような情報が必要。

自分で進む、自分で進むとは言いましても、

参考になるようなアイデアが無いと、

人間、何もアイデアが浮かばないものでしょう。

要するに、

その『理念』でもあり、

目指す未来に共感出来る人のアイデアを元にするか、

もしくは、

自分の好奇心や、楽しさが湧き起こる事柄を、

細かい微差からストイックに追求する事で、

人の意見に左右されない、

人をその好奇心や、楽しさで巻き込んでいけるような、

一つの軸を創りあげることが、

必要となるってことです。

まぁ、出汁っていうくらいですから、

そのような、尊敬に値する人の、

アイデアを、そのまま使うのは、

ちょっと語弊があるでしょうから(苦笑)、

それを、自分なりに行動に移した上での、

体験データこそが、その出汁ともなりうると言うことですし、

その方が、気兼ねなく、カスタマイズ出来るし、

また、気兼ねなく、

自分自身のビジョンの展開も出来るってもんでしょう。

結局は、

コミュニケーションや、

ビジネスといったような、

お金や、感情のやりとりといったような、

エネルギーの交換をする事を考え見ると、

より上質で、高いエネルギーの交換をする事が、

はっきり言って、

人生のクオリティを高めて行く為には、

本質でもあり、正義ともなることでしょうね・・・・(^^)

誰でも、

楽しく、快適に過ごしたい欲求は、

持ち合わせていることでしょう。

※まぁ、その為に、細かくストイックに追求するって人も、中には存在しますが(苦笑)

その為には、

その『理念』や、提示する未来に共感出来る、

上司や、教師を参考にしつつも、

自分なりに、細かくストイックに、

好奇心が湧く事や、楽しさを感じる事を追求し、

一本の筋を通す事が大事になります。

また、細かくストイックとは言いましたが、

決して、

細かいところまで、完璧主義な人のことを、

言うのではありません。

あくまでも、

遊びの部分を創造する為の、細かくストイックなのです。

ある意味、

そこまで、機能的価値だけを見るとすれば、

それはもう、

人がやるよりも、機械が実行した方が、

良いでしょうし、能率も、

上がっていくことでしょう・・・・・・。

だけど、

人として、人生のクオリティを高めていく為には、

そのような、

遊びの部分でもあり、

自分でこそ、自分ならではのビジョンを展開することで、

自分自身を、喜ばせる術を、身につけていくことも、肝要となることでしょう!!

自分自身を喜ばせる=自分の自我の喜ぶパターンを築く

そこから、人の喜びの本質を知る、追求するってことですね・・・・(^^)

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自分なり=独自性のエネルギーの質を高めるには??

自分なり=独自性っていうのは、

それを創り出す為に、

捨てた情報なり、捨てた概念っていうものがあると言う考え方もあります。

要するに、

自分自身の、経験則と、人のアイデアを繋ぐ時には、

必ず、コツを掴む為には、

捨てる情報や、捨てる概念ってものが、

厳密に言えば、出てくることになるでしょうし、

また、

一般に公開する為に、

解りやすく表現する為には、余計な情報を削ぎ落とす必要性もあります

ただし、

ただ単に、単純化することが、

良いと言うわけでも無く、

『本質』がブレない程度に、削ぎ落とす必要もあるでしょうし、

単純化が過ぎるものは、

間違った理解を、公開することにもなりかねないことでしょう。

※まぁ、単純化前提の情報ってものも、存在するでしょうが。

その、情報が削ぎ落とされる過程で、

削ぎ落とされた情報や、概念の質によって、

出来上がった情報や、概念の、エネルギーの高さが、

必然的に、決定しているものでしょう。

この事実は、

誰かに習って、

インプットする時にも、

自分なりに、独自性を持つことは、必要だということも、

教えてくれる事でもあり、

また、

自分なりに、細かくストイックに、

好奇心や、楽しさを追求して、

行動を持って、一本の筋を通す過程でも、

結果的には、

多くの情報を削ぎ落とす事になります。

実際には、

削ぎ落とされた情報や、概念っていうのは、

文脈でもある、コンテキストに宿ると、

解釈することも可能です。

ただし、その場合も、

自分自身が、より、追求出来ているレベルに応じて、

その、文脈でもあり、コンテキストに宿る、

情報や概念も、

より、本質に近づくってことなのでしょうね・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

筋を通すってことは、

人生のクオリティを高めることありきだってことですね。

また、

それじゃあ無いと、

そもそも、筋なんて通せないし、

また、細かい部分まで徹底して、機能的価値だけを見れば、

ロボットの方が、人より優秀でしょうし、

AIの発達で、それがより、顕著ともなっていくことでしょう・・・・。

だけど、

その、機能的価値を、享受するのは、

我々、人間でもありますから、

人の為となる、エネルギーってものは、

決して、無視出来ない領域の話ともなることでしょう・・・・!!

それを考えみても、

人の為となる、エネルギーを、

上質としていくことは、人の役目でもあるでしょうし、

自分自身の、自我を通して、

追求していくことにもなることでしょう!!

また、

エネルギーを上質にして、高くする事によって、

人を巻き込んでいくって言っても、

別に、真似をする必要も無いことでしょう。

やっぱり、

その人その人の、自我の『フィルター』によって、

適正ってものがありますから。

横軸の質の違いとも言えますね。

自分自身が、上質であり、高く感じるから、

高いエネルギーなのであって、

そもそも、

自信や確信が無ければ、エネルギーの高さも、知れているものでしょう。

だからこそ、

自分自身の自我にとって、

喜ばしい、望ましい筋ってものこそ、

追求するのには、ふさわしいのでは無いでしょうか??

それでこそ、

筋を通すことによって、

上質なエネルギーの循環が起こるものでしょうから・・・・(^^)

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