クリエイティブとは??人に敬意を示す事で生まれる!?

クリエイティブと言うと、

所謂、芸術的な、絵画や音楽

またまた、最近では、イラストとか、

ウェブデザイン等にも、クリエイティブ性が、

必要なものではありますね。

また、

もっと深堀してみると、

クリエイティブ性ってものは、

マーケティング等にも、必要とされる概念でもあり、

たとえ、

そこに、芸術性が、一見、必要としないような事柄にさえ、

自分自身の、アイデンティティを表現したり、

アイデンティティを保つ為には、

クリエイティブ性ってものは、

決して、無視することが出来ない概念でもありますね・・・・。

要するに、

ビジネスマンや、職人のような人達であったとしても、

クリエイティブ性を発揮すること=自分磨きともなることで、

安易に、お金だけを求めるような、

拝金主義の世界感や、

たとえ、

目先のお金だけを求めるような、

ギリギリの状況であったとしても、

人間性でもあり、人間力ってものを、無視して、

欲望のままに、我欲だけを、自分の利益だけを、

何かと追求してしまうような、

弱い心を、制御することも、可能となることでしょう・・・・・!!

要するに、

クリエイティブ性ってものは、

たとえ、それだけでは、

お金稼ぎには、繋がりにくいし、

お金稼ぎに繋がるのは、その分野でも、

トップクラスの人達だけに過ぎないと言う、

性質も、持ち合わせていますが、

逆に、

お金稼ぎにこそ、クリエイティブ性を発揮することで、

自分自身の、アイデンティティを、

殺すことなく、追求しつつ、

対価を得ることも、可能なものでもありますね・・・・(^^)

それを踏まえて、今回は、

クリエイティブとは??人に敬意を示す事で生まれる!?

ってテーマについて、アレコレ考察していきましょう!!

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そもそもとして、クリエイティブ性ってものを厳密に言うと・・・・。

クリエイティブ性っていうのは、

創造性とも言えますね。

独自性とも言えますし、

オリジナリティとも言えます。

だけど、

なんでもかんでも、適当にすることも、

一種のオリジナルとは、言えるものではあることでしょう・・・・。

が、

ここで肝ともなるのは、

最も伝えたい部分とか、

最も、表現しておきたい部分というふうな、

核でもあり、コアにもなるような、

抽象度の高い『本質』というような、

ものを踏まえている、

一貫性が無いと、

そのオリジナルの価値もゴミみたいなものである事実が、

前提として存在することでしょう・・・・!!

まぁ、ここで言う、

抽象度の高い本質ってものも、

主観的な視点から見た本質て側面もあり、

客観的な、誰かの視点から見た本質という側面もあり、

また、

お金稼ぎの上での、本質ってものが、

世の中には、存在することでしょうし、

またまた、

単純に、お金稼ぎとは言いましたが、

その分野や、マネタイズの種類によって、

その専門性は様々でもあり、

その専門性を高めた上での、

所謂、達人の域にまでたどり着くことが出来て、

初めて、

普遍的な本質とも、呼べるものにもなることでしょうから、

この場合でいう、

抽象度の高い本質ってものは、

要は、

本質を追求する姿勢とか、

在り方と表現した方が、正しい表現なのかもしれません・・・・・!!

要するに、

その向上する姿勢や、

追求する姿勢や在り方ってものが、

オリジナリティを、正当化する為や、

権威付ける為には、なくてはならないってことですね〜。

でも、

いくら、クリエイティブ性を発揮して、

オリジナリティを、向上・追求することが、

敷居が高く感じてしまい、

もっとお手軽に、簡単に、

楽にやりたいとは思っても、

人のやっている事を、

そのままコピーする事っていうのは、

価値っていう観点から言うと、

コピーっていう意味での価値しか存在しないのです。

これは、まぁ、

自分自身では、何一つ、価値を創発していないので、

価値っていうのも、ちょっとおかしいのですが・・・・(苦笑)、

学校の授業を受けたり、

勉強会に参加するといったような、

生徒としての立ち位置での、

勉強効果は、享受出来るってことでしょう・・・・(^^;)

要するに、

クリエイティブ性っていうものは、

ただ単に、

生徒とか、受け手としての、

体験価値を享受することしか出来ないような、

表面的なコピー主体の在り方を、

クリエイティブ性を発揮して、

オリジナリティを、向上・追求するスタイルに変化することにより、

価値創発に繋げることにより、

そこには、

仕掛け側とか、先生側の視点を要求されることにもなり、

(決して、先生になれって言っている訳じゃあありません)

また別の、

専門家として、価値提供を担う在り方を、体現する為でもあるのです・・・・・・!!

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そもそもの、クリエイティブ性を発揮する為に必要なこと。

そもそもとして、

クリエイティブ性ってものは、

無からいきなり生じるものでも無く、

誰かの作品なり、誰かのアイデアを『手本』にする事により、

生まれるものでしょう。

だけど、人っていうのは、

各々、

自分の生きてきた人生や、

持って生まれた趣向により、

自分自身の自我でもあり、フィルターってものを保持しています

誰かのアイデアや、

誰かの作品を、

自分の血肉とする為には、

コピーするって事が大事にはなります。

でも、

『本質』の部分を体で覚えて理解する為に、

最初は、コピーする事っていうのが、

基本なんだと思うのですが、

実は、このコピー自体が、

自分の『フィルター』の否定にも繋がる場合もあるでしょうし、

完璧な、厳密なコピーを、目指せば目指すほど、

自分自身の持ち合わせている自我ってものと、

その、コピー元の人の自我ってものの違いが、

より、浮き彫りにもなってくるものだとも言えます。

またまた、

そこを、より突き詰めて、

追求していくことっていうのは、

実は、

自分の趣向でもあり、自分の専門性の、

自己否定にも、繋がるものでもありますから、

なんだか、腑に落ちないものでもあるのです・・・・・。

またまた、

表面上のコピーっていうものは、

どれだけ上手く再現出来たとしても、

それは、

あくまでも、コピーでしかありません。

要するに、

たとえ、表面上のコピーってものが、

クリエイティブ性を発揮する為の、

プロセスの一環だとしても、

その、表面上のコピーってものは、

あくまでも、

本質を体で覚えて理解する為に、コピーするって認識も、必要となることでしょう・・・・!!

本質ってものは、自分自身の体験で、定義するもの。

上記にあげた通り、

本質ってものは、たとえ、

表面上のコピーに過ぎないことだとしても、

実践して、自分自身の体験として、定義する必要性があります。

また、

『本質』さえ、理解する事が出来たならば、

肝となる部分をキチンと抑えつつ、

自分の『フィルター』を通して、

再構築するってこと自体が、

クリエイティブ性を発揮する為には、必要ともなってくることでしょう!!

この再構築する事が出来るようになると、

その再構築による、価値創発のエッセンスを、

色んな物事に、横移動出来るようになれますね。

まぁ、色んな物事とは言いましたが、

そこにも、

自分自身の専門性に沿った、

適正が存在することでしょうが・・・・・(苦笑)。

これは要するに、

思考でもあり、専門性というふうな、

価値感の、枠の構築と破壊が出来るようになるって事でもあるのです!!

だけど、上記のように、

構築と破壊をする、

または、

再構築をする事っていうのは、

ある意味、

人の優れたアイデアや、

人の優れた作品に、

泥を塗るようなことにも、当てはまってくる場合もあります。

その為にも、

専門性でもあり、オリジナリティを追求する為には、

その優れたアイデアや、優れた作品に対する、

リスペクトも、大事となるってことですね。

またまた、

自分のフィルターに沿って、

再構築でもあり、構築と破壊をするってことは、

実は、その行為自体が、

結果的には、

その人に対する、自分自身が出来うる、

最高の敬意の示し方ともなることでしょうしね・・・・・!!

本質に近づけば近くほど、人格ってものも必要となる。

上記に書いた、

その、本質ってものを追求する為には、

かいつまんで言うと、

自分にとって響いた、

人のクリエイティブ性に、

キチンと価値を提供する事が、必要ともなります。

要するに、

自分自身が出来うる、絵に描いた餅では無い、

最高の敬意の示し方って言うのは、

人ごとでは無く、自分ごととして、

価値を表現すること、そのものともなりうることでしょう・・・・・!!

また、これは、

一見、

信じられない事かもしれませんが、

自分自身にとって響いた、

優れているって感じた、

人のアイデアや、作品に、

お金や時間という対価を支払うと、

そのアイデアや、作品が、

自分自身のネタのストックになると言うことでもあるのです・・・・・!!

但し、ここでも注意が必要なのは、

ストックと言いましても、

人のアイデアや作品ってものは、そのまま使うと、

ただのコピーですし、

コピーされる側としては、

完全コピーの人って言うのは、

何か、性癖までコピーされているみたいに感じてしまい、

あまり、気持ちがイイもんでもありません・・・・・(苦笑)。

だからこそ、

自分の『フィルター』を通して、

その人との関係性を考慮して、再構築する必要性があると言うことです。

でも、

好き勝手に再構築しても、

『本質』には程遠い、マガイモノになってしまうことでしょう・・・・・。

この好き勝手に再構築するって事は、

要するに、

元のアイデアや、作品に対する、

敬意が足りない場合もあるでしょうし、

また、

敬意を示そうと思っても、

自分のフィルターとの、相性や、適正や、

単純に、経験値の問題によって、

敬意を表しきれない場合も、出てくることでしょう・・・・・・。

これは、まぁ、

単純に、

「舐めている。」場合にも当てはまることでしょうが、

本人の能力不足や、経験不足の場合もあることですので、

明らかに、

「舐めている。」場合以外には、

あまり、

攻め立てることも、出来ない問題ではあることでしょうね・・・・(^^;)

また、

自分が気に入ったアイデアや、作品に、

お金や時間を使うというふうな、

キチンと形として、

行動に現してみると、

その元のアイデアや、元の作品に敬意を持つって言うのは、

至極、当たり前なことでもあることでしょう。

この敬意ってものは、

勿論、行動ベースなものにも当てはまるのでもありますから、

より一層、信頼度は高まるものでしょう。

マインドや言葉ってものを、決定づけるものは、行動の方ではありますが、

マインドや言葉から、行動に変化を起こすことは、

可能なものではありますね・・・・・(^^)

またまた、

この敬意ってものは、

決して、

その元のアイデアや、

元の作品を創った人の為だけの問題じゃあ無いって認識も、

持ち合わせていた方が良いです。

この、敬意を示すってことと、

そのアイデアや、作品の『本質』に近づいているか?

って事って、

実は、リンクしています。

まぁ、あくまでも、

行動ベースではありますので、

一見しただけでは、

一概に、敬意を示しているかどうか、

解らない場合も、現実には、

多々あるでしょうし、

言葉だけの敬意の場合も、

勿論、存在することでしょう・・・・・。

要するに、

クリエイティブ性のある、

アイデアや作品を生み出す為には、

その元になるアイデアや、

元になる作品を創った人の、

そのアイデアや作品に込められた意図ってものを、

深く理解するって事が、結果的に、

要求されることともなりえます。

その為にも、

より、本質に近く為には、

対価でもある、お金や時間を、キチンと形として現す事って大事ともなりますね・・・・(^^)

自分自身に響いた、アイデアや作品には、別の使い道が存在する。

自分自身に響いた、

アイデアや、作品には、

お金や時間を使う事によって、

自分が思いもしなかった、自分自身との関連性をもたらすものでもあります。

これは、決して、

外野からみて、

マインドだけで、こねくり回しているだけじゃあ、

決して、理解出来ないでしょうし、

外野から、マインドだけで、こねくり回して出来上がった関連性とは、

別次元の繋がりをもたらすことでしょう・・・・・!!

この、別次元の繋がりとは、

勿論、

自分自身との、適正や相性の問題も含まれますので、

単純に、

抽象度の高さの次元が、違ってくるものでもあることでしょう!!

今現在の、

自分自身のクリエイティブ性を創り上げているのは、

過去の自分自身が、

お金や時間を提供してきた、

誰かのアイデアであり、誰かの作品なのです。

それを自分の『フィルター』を通して、

再構築し、

自分の『フィルター』にとって最適化したものが、

今現在の、自分自身のクリエイティブ性なのです。

要するに、

その、誰かのアイデアや、

誰かの作品に、敬意を示すことによって、

自分自身のクリエイティブ性が磨かれることもありますし、

また、それ自体が、

自分の専門性を、権威付ける、理由ともなることでしょう。

特に、自分の専門性を、

創造し始めの段階では、その理由ってものが、大事になることでしょう。

まぁ、結果的には、

全部、自分ごとという風な、

オリジナル視点ともなっていくことでしょうが・・・・・!!

まとめとして。

いかがでしたか??

お金や時間を、

自分に響いたアイデアや、作品に対価として支払う事って、

その創り手の意図を、深い部分まで理解するには、

避けては通れないことでしょう。

構造的に言うと、

結果的には、

抽象度の高い『本質』を、

自分自身に取り入れることともなります。

抽象度の高い『本質』を追求出来るように、

より、本質に近く為に、

自然と、

自分の『フィルター』を、最適化していくことでもありますね。

まぁ、その習慣が定着していけば、

自然と、

自分自身に響く、

アイデアや作品に出会う事自体が、

より豊かな、クリエイティブ性を高めていくことともなるってことですね・・・・・(^^)

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