マクロとミクロの違いを、自己啓発視点から、考察してみた!!

所謂、

経済学でいうところの、

マクロ(巨視的)と、ミクロ(微視的)という概念があります。

この概念っていうのは、

大きな流れでもあり、大きな視点のことを、

マクロといい、

小さな流れでもあり、微細な視点のことを、

ミクロというのですが、

この概念を、こと、

現実的な物事や、自己啓発でいうところの、

行動力学に当てはめて、考察していくと、

たとえ、

一概に、同じ種類の物事でもあり、

同じ種類の出来事ってものでさえも、

マクロの視点と、ミクロの視点からでは、また違った見解に、落ち着くものでもあるのです・・・・・!!

また、

マクロの視点ってものは、

ある意味、

座学のような、勉強で、取り入れていくことが、

可能な視点でもありますが、

ミクロの視点ってものは、

その、当事者意識にならないことには、

外側からは、理解し難いものでもありますね・・・・・。

またまた、

この事実は、マクロの視点の組み合わせ自体が、

決して、

ミクロの視点と繋がるとは、言い難い事実も、表していることでしょう・・・・・!!

ミクロの視点の物事っていうのは、

逆に言うと、

繋ぎ合わせることが、出来うると、

マクロの視点とも、繋がって来るものではありますが、

そもそもとして、

その、大きな、巨視的な、

マクロの知識がある方が、

その、

ミクロな視点の物事の、方向性の舵取りも、していきやすいって側面も、

持ち合わせていますね・・・・・・。

それらを踏まえて、

今回は、

マクロとミクロの違いを、自己啓発視点から、考察してみた!!

ってテーマに沿って、アレコレ考察していきましょう!!

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時間は幻想でもあり、在り方が現実を創造する。

これだけ聞くと、

「なんのこっちゃ」

って感じだと思うんですが・・・・(苦笑)、

要するに、

過去の結果や、誰かの語る未来っていうのは、

自分のこれから体験するであろう現実とは、

直接的に結びつく訳じゃあ無いって認識を、

まず最初に、持ち合わせておく方が良いってことですね。

これを、突き詰めて考察していくと、

「それじゃあ、人の経験によって、出来上がったノウハウや、人の経験によって、出来上がった『在り方』は、自分的には役には立たないのか?」

って意見も、中には出て来るかもしれません。

それは、在る意味、

正解でもある認識を、これから、

自分の専門性を高めていきたい方は、持ち合わせていた方が良いでしょう・・・・・!!

ただし、

この視点は、

ミクロから観た視点での話しではあります。

だから、

大まかに観るような、大局的に観るような、

マクロ的な視点から観て、

誰かと、

同じ方向性に進む場合であったとしても、

全く同じ事をする必要性も無いし、

全く同じ経験をする必要性も無いって理解ですね。

これを安易に、

先行者や、成功者と、

ミクロな視点で観て、

同じ経験をする必要性があるって感じる事って、

その先行者や、成功者達を、

偶像化して、崇拝する事と、なんら変わりが無いって認識も、

必要となることでしょう・・・・・!!

これを、より、厳密に言うと、

その先行者や、成功者を、偶像化して、

崇め奉った時点で、

自分が成功出来ない理由を、決して、

乗り越えられない壁を、そのを、

自分自身の内に、創造する事と同義になると言う見解のことを、

申しています・・・・・。

これは要するに、

自分が目指す目標や、夢と、

同じ方向性である、

先行者や、成功者達と、

同じ事をこなせないから、自分は成功出来ないって感じる事でもありますね。

要するに、

自分と、目指す目標や、夢の間に、

断崖絶壁を創り出す事ともなりますね。

当たり前ですが、

断崖絶壁は、歩いては超えられないです。

歩いて辿り着けるように、

地続きにしておく必要性があるのです。

断崖絶壁を創造している人の特徴は、

人の努力や、才能を、何か特別なものとして見る特徴があります。

ここで言う、

何か特別なものとして見るってことは、

実は、

その専門性を作り出している、

微差の領域の違いってものを、

軽く扱って、なんとは無しに扱うことと、同義だとは言えますね・・・・・(^^;)

まぁ、だからこそ、

その違いに気付くことが出来ずに、

運とか、環境だけの違いのように、

錯覚してしまうものではありますが・・・・・。

そう見る事によって、

手放しで、

先行者や、成功者を褒める替わりに、

無意識の領域で、

自分自身を、その先行者や、成功者の方向性の道を、

これまた、

手放しで、閉ざすことにもなっている事実もあるのです・・・・・!!

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自分自身の測りってものを持つ可能性。

何よりも、大事になるのは、

自分自身の『測り』ってものを持つ事でしょう。

この測りは、

在る意味、

自分自身や、人をジャッジする為のものとなります。

ただし、

自分自身も含めて、

まず、

人のいい所や、優れている所に、『フォーカス』を当てる必要性があります。

人のいい所や、優れている所=長所っていうのは、

必ずしも、

コンプレックス=短所と繋がっているものでもあります。

勿論、

ここで言う、いい所や、優れている所っていうのは、

その人ならではの、取り替え不可能な、

専門性の部分のことではありますから、

尚更、

コンプレックス=短所と繋がっているものでもあることでしょう。

またまた、

コンプレックス=短所と繋がっていないような、

長所ってものは、

ある意味、

専門性を高めて、追求していく為の、

定義付けとして、やや、

弱い側面も持ち合わせており、

簡単に、別の事柄で、代案出来てしまうものでもありますし、

また、

それも必然でもあることでしょう・・・・・!!

これは、要するに、

コンプレックス=短所ってものを、

自分の専門性でもあり、長所を発揮する為の、

起爆剤とすることでもありますが、

何も、他人に、好き勝手に、

コンプレックス=短所を、いじくりまわさせろって言う訳じゃあありません・・・・・(^^;)

要するに、

長所を、人に説明出来るくらい、

または、

人に伝わるくらいに、

掘り下げて、追求する事が出来ると、

それと関連する短所=コンプレックスっていうのは、

客観的な視点から見ると、

さほど気にならなくなるって事実のことを、

申しています。

大抵の人は、

この、

長所を掘り下げて、追求する替わりに、

短所を隠そうとしたり、短所を変えようとしたりするのです。

短所=コンプレックスってものは、

変わらないですから・・・・(苦笑)。

まぁ、だけど、

短所=コンプレックスってものは、

主観的な、ミクロな視点でもありますから、

客観的な、マクロの視点から見れば、

あまり、人には理解出来ない側面も、持ち合わせていることでしょう・・・・!!

もっと言えば、

人には、ざっくりとした認識としてしか、

理解し難いでしょうし、

また、理解出来るって方は、

マクロの視点で見れば、同じ種類のコンプレックスを、

持ち合わせていると、言えるでしょうが、

ミクロの視点から見れば、

また、違う専門性を、持ち合わせていると、言えるものでもあることでしょうね!!

コンプレックスを持ったままでも、人の評価ってものは変化する。

長所を掘り下げて、追求し、

人に言語化できるくらい、

または、

人に伝わるくらいまで追求する事が出来ると、

同じ事をしていても、

またまた、

同じコンプレックスを保持したままでも、

人からの評価や、印象が変わって見えてくるものなのです・・・・・!!

これは、

生まれ持った、

または、

自分の人生の中で体感データを得て培った、

『自分の専門性』っていうのは、

基本的に、

コントロールする事が出来ないし、変える事って出来ないっていう事実を現してします。

但し、その流用性の幅には、変化が可能なものでもあることでしょう。

これは、また、

要するに、

自分自身の趣向の問題だということも、

現していることでしょう。

この『自分の専門性』っていうのは、

基本的に、

プラスの感情が湧く、体感データの事でもあります。

マイナスの感情の方は、

経験によって、

捉え方の定義次第では、

マイナスからプラスに転じる捉え方の構築も、

出来ることになることにより、

どんどん、

書き換わっていくものでもあり、

書き換えていくことが可能なものでもあるのです。

この、上記のプロセスを経た上で、

出来上がって行った、

自分の専門性ってものは、

かいつまんで言うと、

快楽の追求とも言えることでしょう・・・・・!!

その、快楽の追求とまで、

コンプレックスを、長所と呼べるまで、

変化させ、進化させていくには、

自分自身の、プラスの感情が湧き起こる、

体感データっていうものを、

ミクロな視点から、把握しておく必要性があると言うことです。

またまた、

コンプレックスを踏まえているからこそ、

大事に扱う側面も、あることでしょう・・・・・。

そのまま、文字通り、

快楽の追求と聞くと、

コンプレックスがあるせいで、

強欲になったり、他人に迷惑をかけるような、

快楽の追求を、行いガチなのも、

人間の側面でもありますから・・・・・(^^;)

あくまでも、

そのまま、コンプレックスに悩んで、

うじうじしているだけじゃあ、

人から見た視点では、

マイナス要素にしか見えないし、

ただでさえ、

生きてるだけで、飯を食ったり、

トイレに行ったり、お金を消費したり・・・・etc、

マイナス要素を抱えているのが、

僕たち人間でもありますから・・・・(苦笑)、

コンプレックスに、うじうじ悩んでいるだけじゃあ、

普通の人よりも、

マイナス面が、多く感じてしまい、

厄介者扱いされやすい側面も、ありますからね・・・・・(^^;)

そのような、

現実的な、マイナス要素を、

俯瞰的に、マクロな視点で、前提とした上で、

コンプレックスの裏側の、長所ってものには、

それを体現する理由も存在するし、

また、

それ自体が、自分ならではの、

モチベーションを自発することが出来、

自分自身の、専門性ともなりうると言うことなのです・・・・・!!

踏まえる体感データってものは、過去の経験の成否と、一概には繋がっていなくても良い。

踏まえていく体感データっていうのは、

一概には、

過去の経験の正否には、必ずしも繋がっていなくても良いことでしょう。

ここで言う、

過去の経験の成否って言うのは、

要するに、

マクロの視点から観た、

誰の目から観ても、明らかな、結果という認識ではありますね・・・・。

要するに、これは、

過去に失敗した事の中にも、

プラスの感情が湧き起こる体感データっていうものが存在すると言うことに、

当てはまってきます。

在る意味、

過去の失敗は、

その体感データを追及しきれなかったが故に、

まだ、成功まで辿り着いていないとも、

ミクロな視点から観れば、言えてしまう事実もあります・・・・・!!

もしくは、

その先のビジョンを、描ききれていなかったが故に、

あえて、保留したとも言えますね・・・・。

でも、

それを追求するか、

または、

追求しないかを決めるのは、

環境や、構造や、誰かの評価では無く、

『自分自身』なのです。

だけど、

あえて、手痛い、

失敗とも捉えることも可能となるような経験とは、

また別に、

新たに、追求したいって思える、

ミクロな視点から観た、

プラスの感情が湧き起こる体感データがあれば、

替わりの案として、

そっちを追求すればいいことでもあることでしょう・・・・・。

この、

ミクロな視点から観るって事と、

プラスの感情が湧き起こる体感データっていうものに、

『フォーカス』をあてて、行動するってこと自体は、

要するに、

今ここに生きるってことでもあることでしょう。

勿論、そこには、

マクロな視点でもある、

誰にでも理解出来うるような、

物事の、成功・失敗と言う風な、

成否が、関わって来る者ではありますが、

その、マクロな視点だけにフォーカスを当てていないで、

ミクロな視点から、体感データの蓄積をしていくことで、

人生に無駄ってものが、無くなっていくことでしょう・・・・・!!

在る意味、

人生の目的は、

「プラスの感情が湧き起こる体感データの、蓄積と追求!!」

とも言えることでしょうね。

またまた、

その蓄積は、過去の失敗経験からでさえ、

新しいゲシュタルトを構築し、新たな成功事例をもたらすことでしょう・・・・・!!

木を観て森を観ないと、成功にはほど遠いでしょうが、

流用性や、専門性の高い木は、

木から森を構築してしまうものでもあります・・・・(^^)

まぁ、結果的に、

魂のステージも高くなり、思考の抽象度も高くなるってことですね!!

まとめとして。

いかがでしたか??

『時間は幻想でもあり、在り方が現実を創造する』の、

『時間は幻想』って事は、

要は、

過去の結果や、誰かの結果と言う風な、

マクロの視点ってものは、

ミクロな視点から観た、

自分の現実にとっては幻想であるという事ですね。

で、

『在り方が現実を創造する』って事は、

要は、

ミクロな視点から観た、

いまここで感じる事が出来る体感データってものが、

現実を引き寄せるものであり、

また、

現実を踏まえた、世界観を決定付けているって事でもあります。

自分の体感データに沿った、

自分自身のコンプレックスを踏まえたような、

人や物事の、長所を判断する事が出来る、

『測り』ってものが、必要となることでしょう・・・・!!

その測りが、

マクロを分解して、ミクロから、

自分自身の成功事例=自分自身の世界観を、

構築していくことに、役に立つってことでしょうね・・・・(^^)

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