相互依存の意味はコレ!!自己犠牲との違いとは??

依存って概念がありますが、

その、依存ってもの自体にも、

共依存と、相互依存ってものが、

存在することでしょう・・・・・。

まぁ、

単純に、依存ってものを、

考察すると、

タバコとか、お酒とか、コーヒーと言う風な、

所謂、嗜好品に対する依存や、

スマホや、パソコンや、テレビや、ゲーム等も、

一般的に言われる、依存しがちなものには、

当てはまって来ることでしょう。

またまた、

ちょっとブラックな所だと、

麻薬や、薬物にも、依存性があることでしょう・・・・。

そのような、

依存ってものは、勿論、

物だけに、対する問題では無く、

こと、

人間関係って物や、

はたまた、

お金とか、機能的価値と言う風な、

に対しても、社会構造や、

資本主義社会ってものを、考慮に入れると、

我々は、お互いに、依存関係でもあることでしょう・・・・・!!

それらを踏まえて見ると、

依存ってもの自体にも、

共依存ってものと、相互依存ってものが、

存在しているって事実も、

なんとは無しにですが、見えて来ることでしょう・・・・・!!

勿論、

両方とも、依存って言うからには、

ある程度の、束縛でもあり、

規律ってものが、存在することでしょうが、

たとえ、束縛っていう、

マイナスの意味合いが、こもってそうなワードを、

使用するからといっても、

束縛自体が、悪いってことでも無いでしょうし、

また、だからと言っても、

その逆に、

自己犠牲の上での、束縛関係ってものは、

何かしらの遺恨が残ってしまったり、

もしくは、

どちらかが、

一方的に、支配する関係性にも、なりがちなものではありますね・・・・・。

また、

私たちは、あらゆる情報や、

構造や、概念自体に、

ある意味、

束縛されている存在でもあります。

だからこそ、

その、無数に、影響力を受ける、

統合して、

情報って呼ばれるものを、

自分自身で、ある程度は、選択して、

前向きに、

関係性という名の、依存関係を、構築し続ける必要性も、あることでしょう・・・・。

それらを踏まえて、

今回は、

相互依存の意味はコレ!!自己犠牲との違いとは??

ってテーマに沿って、アレコレ考察して行きましょう!!

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相互依存といふもの。

相互依存という言葉は、

お互いが依存するって意味合いを持っています。

この相互依存は、

突き詰めて言いますと、

誰もが相互依存の関係性にあるとも言えます。

でもそれは、

思考の抽象度を高くして、

自分の『自我』を俯瞰した視点にならないと、

なかなか腑に落ちないものではある事を、

あらかじめ、

宣言しておきましょう・・・・・。

例えば、

自分とそりの合わない人との関係性っていうものも、

思考の抽象度を高めて、

自分の『自我』を俯瞰した視点で観ますと、

自然の法則にのっとって、

もしくは、

簡単に言うと、

回りまわって、相互依存になっているものではあります。

でもだからと言って、

人類皆兄弟のごとく、

どんな立ち位置の人や、

どんな性格の人ともフレンドリーに接する事自体を、

相互依存と呼ぶのは、

ちょっと安易なものの見方をしているとも、言えてしまいますね・・・・・(^^;)

こういう事を、

キチンと、共依存では無く、

相互依存で出来ている人っていうのは、

既に、

人格が磨き上げられて、

『自我』の視点と、『自我』を俯瞰した視点との、

視点の切り替えが自然と出来るようになっている、

器の大きな人ではあります。

が、

大抵の人っていうのは、

そういう事が出来ているんじゃあ無くて、

見栄やハッタリや、お金という風な、

構造的な、機能的価値に、

後押しされて、

「~しなければならない」っていう考えの元に、

無理をしている状態だとも言えますね・・・・・(^^;)

この違いっていうのは、

要するに、

『自我』を俯瞰した視点であっても、

自分自身がその中に含まれているか?

っていう違いでもあるし、

自分自身の自我と、その相手の自我の、

区別でもあり、違いが認識出来ないほど、

視野が狭くなって、盲目になっている状態だとも言えるのです・・・・!!

要するに、

大儀の元に、

自己犠牲している状態なのか??

はたまた、

大儀と『自我』がリンクしているかの違いでもありますね・・・・(^^)

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自己犠牲で行動する必要性なんて、何処にも無い!!

人の為を想って、

何か行動をする時っていうのは、

自分だけの為に行動するよりも、

パワーが湧いてくるものではあります。

が、

そのパワーは、

人にもそういう、

自己犠牲を押し付けてしまうものでもあります。

もっと言うと、

そのパワーと同時に、自己犠牲そのものさえも、

循環するものでもあり、伝染するものでもあるのです・・・・・!!

このような、

自己犠牲の循環のサイクル自体が、

俗に言う、

共依存の関係性の、大元でもあり、本質でもある事でしょう・・・・。

これをもっと考察していくと、

利害関係による、お金や、機能的価値の循環に、

主体性を発揮せずに、巻き込まれている状態だと、

定義することも、可能なものでしょう・・・・!!

まぁ、だからと言っても、

社会構造的にも、

資本主義社会的にも、

お金や、機能的価値の循環ってものは、

無視しきれるものではありませんし、

それこそ、

仙人のような生活や、他人とは無縁な、

山奥に住んでいたとしても、

そこには、

毎日の食事や、排泄といったような、

生きる機能を維持する為の、

最低限の、機能的価値ってものに、束縛され続けるものではありますね・・・・・。

ある意味、

そこまで、突き詰めて、

自分自身の足元を、掘り下げていくと、

主体性を発揮しないことって言うのが、

どれだけの、自己犠牲を生み出すか??ってこと自体も、

段々と、実感が出てくることでしょう・・・・・!!

まぁ、あまり、

そのような、自分自身の、足元って言うものを、

自分自身で、掘り下げて、考察する人自体が、

あまり、いないことでしょうから、

普通は、もっと、ざっくりとした認識ではあることでしょうよ・・・・(笑)。

ま、はっきり言って、

社会構造的に、環境的でもあり、

人からの視点で、そのような、

足元ってものは、勝手に、決めつけられガチでもありますから、

そのような所だからこそ、

ある意味、

主体性を発揮して、自分自身で、定義する、

もしくは、

カスタマイズ出来る強みってものも、

何かと、

相互依存関係を、追求する為には、役には立つことでしょうよ・・・・(^^)

自分の為の、行動する動機ってものを、考察する。

人の為に行動するっていう動機を、

思考の抽象度を高めて観てみると、

そこには何かしら、

自分の充実感なり、

自分の満足感という風な、

自分の為の、行動する動機ってものが存在するものです。

要するに、

そのような、

思考の抽象度、欲望の抽象度が高まった、

大きな視点での、

自分自身のやりがいってものの事を、

『自分軸』って呼ぶのでしょう。

「まず自分を満たす。」

と、

「人の為に何かを提供する。」

って事は、

お互い、

ニコイチの考え方であり、

二つで一つの概念でもあります。

片方が欠けると、

何かイビツなんですね。

自分軸的、捉え方ですと、

上記の二つを踏まえることは、

自分自身の『在り方』を整えるとも言います。

まず、

自分の趣向に沿って、

その趣向に、

人を巻き込む『在り方』とも、見えないことも無いことでしょう・・・・。

だけど、

自分の趣向だけを、

見て見れば、それは、

決して、

人にとって、プラスになるようには、見えないことでしょうね・・・・(^^;)

要するに、

人を巻き込んでしまう、

または、

人に提供するからには、

それなりに、

機能的価値を踏まえる必要性もあるでしょうし、

またまた、

自分自身の満足度を高めること自体は、

それ自体が、機能的価値を、

踏まえていなかったとしても、

自分ならではの、付加価値を、提供出来る在り方だとは言えます

また、この、

自分ならではの、付加価値ってものは、

利害関係が全く無いような、

フラットな状態での、

人間関係の、相性を観るのにも、

適したものでもあることでしょう、

いや、

むしろ、その付加価値提供自体が、

自分と相性の良い人を、

惹きつけることにもなるでしょうし、

また、

その、相性の良さを生み出す為の、

適切な距離感を、人に教えることにも、なりうることでしょう・・・・・!!

自己満足ってものは、行動を通して循環する!!

上記の、

自分の趣向とか、付加価値提供ってものは、

多分に、自己満足とも、

言えてしまうものではあるでしょう・・・・・。

だけど、

その、自己満足っていうものも、

実は、

自分だけで完結するものでは無いのです。

これは、

人に伝わった実感ってものが、

大事になってくる話ではあります。

この実感っていうのは、

ストレートに、

人から感謝される事もあるでしょうし、

はたまた、

人の『在り方』を見て、

または、

人の在り方を感じとって、実感を得る事もあります

要するに、

体感であり、感受性ってものが大事になりうるような、

想像力を掻き立てるような、ビジョンでもあることでしょう・・・・!!

ある意味、

ゲームのような、妄想の世界の話ではありますから、

たとえ、現実を踏まえていたとしても、

そこは、人と同じにする必要性もありませんし、

また、

その労力は、自分自身の、

現実を踏まえた、行動を踏まえた、

想像力でもあり、ビジョンに、

利用してもらいたいものではありますね・・・・(^^)

また、上記のことは、

たとえ、

自発的に、自分から始めたことでは無かったとしても、

人の為に始めた事であっても、

その行動の中の、

自分自身のやりがいってものや、

充実感ってものや、

満足感ってものを、掘り起こすことが、大事になるのです。

簡単に言うと、

人の為だけで終わらせないことでもありますし、

そこは、自分自身の、モチベーションに関わってくる、

大事な部分でもあります。

勿論、これは、

ある意味、

人生の行動自体に、無駄を出さない為の、

突き詰めたマインドではありますが、

目の前の現実を、疎かにすることは、

結果的に、

自分自身のゴールから、遠ざかる現実を生み出してしまうことでしょう・・・・・!!

自分自身の、

大きな、ゴールに向かって、

抽象度の高い欲望の為に、

人の為に行動する事ってあると思います。

これこそが、

要するに、

自分の欲と、人の欲が重なり合う部分の事なのです。

そういった部分っていうのは、

充実感や、満足感が伴いますし、

何か、

根源からの、自然なモチベーション、衝動があるものです・・・・・。

自己満足を、掘り下げる。

自己満足ってものは、

「どうすれば、自己が満足し得るか?」

ってことを、徹底的に、

掘り下げて見て、把握しておくことが、

大事になることでしょう・・・・・!!

これは、要するに、

自分自身の感情の動きを把握する必要性でもありますし、

また、

簡単に言うと、

自分の趣向の把握にも当たります。

そのような、機能的価値では無く、

付加価値足り得るような、

行動ってものは、

イメージやビジョン自体は、決して、同じ必要は無いことを踏まえれば、

その行動を、同じように必要としている人が、

必ず、存在しているものですし、

何より、

その行為自体を楽しめるものでもありますね・・・・・(^^)

要するに、

自然と追求出来ちゃうし、

完全無償で、行動出来てしまうでしょうが、

機能的価値を踏まえれば、対価を求めるものではあることでしょう・・・・・(笑)。

いわゆる、

自分自身の強みなんですね。

別に、その行動自体が、

人と被ったとしても、

その微差の行動による、

イメージでもあり、ビジョン自体に、

独自性をもたらすことが、出来れば、

それは、あなた自身の強みとなります。

また、

客観的に、

行動の細部まで見てみると、

そこまで被っている人っていうのは、逆に、

存在しないでしょうし、

コピーする意味合いも無いことでしょう・・・・!!

そういう、

自分自身の強みを把握する事、

さらに追求していく事で、

自分の専門性を持った、

誇りを持った『在り方』になれることでしょう。

後は、それを、

大上段から提供するんじゃあ無くて、

あくまでも自然に、

行為自体を楽しむ事が大事になることでしょう・・・・!!

あくまでも、

体現を楽しむってスタンスですね・・・・(^^)

その在り方を汲む、

適正がある方は、自然と自発的に、

汲んでいくでしょうから、

その為の、

サポート体制をとること、体現することが、大事になるかと。

これを軸にした人間関係こそ、

相互依存と呼ばれることに、なることでしょうね・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

感情っていうものは、自分自身の感情ももちろんありますし、

人の感情も、共感能力によって感じ取るものであります。

要するに、

感情を感じきる事や、

味わい尽くす事っていうのは、

人の為にもなっているんです。

もっと言えば、

自分の趣向に沿った、

行動を軸とした関係性を、構築する為の、

サポート体制ってものが、

その、感情を感じ切ることや、

味わい尽くすことに、当てはまってくるものでしょう・・・・・!!

感じきり、味わい尽くす事により、

フラットな自分に立ち返る事が出来、

不自然な『捉え方』を、再構築する為の、手助けとなるのです。

また、

自分自身の、メンタルブロックが解除されると同時に、

そもそもとして、

自分の趣向と、相性が悪い人達を、遠ざけることにも、なっていくことでしょう・・・・・・!!

中には、

なんの迷惑もかからないような、自己満足に、

嫌悪感丸出しで、近づいてくる人も、世の中にはいますからね〜・・・・・(^^;)

ま、要するに、

相互依存の関係性ってものは、

人を自然と、厳選するってことですね!!

誰でもいいのなら、

世の中には、たくさん人が存在してますから、

わざわざ、

厳選する所に、近づかなくてもいいでしょう・・・・(^^;)

まぁ、結局は、

相互依存は、相互自立ってことなのでしょうが。

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