経験科学のスタイルこそが、情報社会には必要??

経験科学のスタイルと言えば、

自分自身で実験したり、

または、

人の体験を元にした話を、見たり聞いたりして、

それを元として、論理を構築していくスタイルとも言えますね・・・・・。

またまた、

便宜的に、経験科学以外の、科学を、

統合して、定義してみると、

公式とか、抽象的な、現実的な要素が無い、

すでに存在する論理を元に、

正しい答えを導いていく科学だと、

定義することも可能なものではあります。

だけど、

インターネットが定着し、発展してきた現代においては、

もう、

ある意味、

自分が望もうが、望むまいが、おかましなしなくらいに、

情報による影響を、我々は、受けてしまう存在でもあります。

要するに、

その、入ってきた情報ってものの、

便宜的な正解ってものを、

一々、割り出していれば、

キリが無い社会だとも言えますし、

また、

その習性により、

自分自身が、本来、優先すべきでもある、

自分自身の、人生の、豊かさでもあり、

充実感の追求ってものが、阻害される恐れもあることでしょう・・・・・!!

勿論、

その、答え合わせでもあり、

答えを割り出すこと自体に、

充実感でもあり、豊かさが付随すれば、

それはそれで、

自分自身の、人生を歩んでいると、

言えてしまうことでしょう・・・・・・。

が、大抵の場合、

ただ単に、その、

情報に、巻き込まれている状態ってものは、

自分が、望んでいる状態とは、言い難いものでもあるのです・・・・・・!!

それらを踏まえて、

では、どのようにすれば、

自分自身にとって、真に望ましい情報を、

取得することが、可能になるのでしょう??

または、

どのようにすれば、

情報に巻き込まれながらも、

自分自身の、納得を得ることが、可能になるのでしょう??

そのようなことを踏まえて、

今回は、

経験科学のスタイルこそが、情報社会には必要??

ってテーマに沿って、アレコレ考察していきましょう!!

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経験科学ってものは、答えは抽象的でも良い。

経験科学って言うからには、

経験を踏まえている必要性があるものでしょうが、

学校での、算数や、理科や、物理のような、

唯一無二の、答えを出す必要性は、無いものでもあります。

もっと言うと、

唯一無二の答えってものは、

その他の論理でもあり、答えってものを、

決して認めないものでもあることでしょう・・・・・。

要するに、

唯一無二の答えってものは、

自分自身の内にだけ、存在していればいいものでもあり、

それを、人と共有する必要は、

勿論、ありませんし、

それが故に、

抽象的な方が、望ましいものでもあります。

だけど、

自分自身の答えは、抽象的であったとしても、

それを人に提供する、

もしくは、

共有する為には、

論理や体験ってものが、必要ともなることでしょう。

だからこそ、

経験科学のスタイルには、

論理や体験と言ったような、

ストーリー性ってものや、世界観ってものが、

肝要ともなりうるのです・・・・・!!

※勿論、そのストーリーってものは、フィクション・ノンフィクションを問わずに、何かしらの、経験則に、沿っている必要性があることは、言うまでも無いですね・・・・。

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現実や体感から、ロジックを組み立てる。

新しく学ぶような事や、

初めて行動に移す事っていうのは、

新鮮な気持ちで行動出来るものであります。

日々の習慣になっているような事でさえも、

目線を変えると、

新鮮な気持ちで行動出来るものであります。

この『新鮮な気持ち』っていうのが、

今回の話のキーになります。

歳を取っている方や、

それなりの経験のある方っていうのは、

物事を、

自分自身の経験=自分自身の捉え方=自分自身の価値感に沿って観ます

僕自身も、

今までの記事で、

散々、

自分の経験則に沿う事が大事だと、

言ってきましたが、

この、

自分の経験則に沿うっていうのは、

別に、

先入観を持って、知ったかぶりをして、

「その事柄は自分の経験のアレに繋がるな」

っていうような、

事前に、

既存の論理に繋げて、左脳的に理性を使って、

繋げるものでは無いものなのです。

在る意味、

先入観を取っ払って、

フラットな気持ちで、物事に取り掛かる事で、

イメージ的でもあり、右脳的でもあり、

それを踏まえた上で、

経験の記憶の仕方という風な、ロジックでもあり、

体系化に、

自然と繋がっていくものなんだと思います。

で、逆に言えば、

「その事柄は自分の経験のアレと繋がるな」

っていうような、

自分の理性だけで、計算だけで、

行動を行う前に、事前に、繋げてしまっている事柄っていうのは、

物事を成し遂げる為のブロックになってしまっているとも言えますし、

それが故に、

物事を認識する際の、視野を狭くしてしまっている可能性があります

要するに、

狸の皮算用ばかりが先行して、

それを実際に、行動してみて、

新たな可能性を、追求する気が、失せてしまうとも言えますし、

または、

その理性が、より、真理に近づくほど、

自分の経験則の、質と量を、踏まえていれば、

事前に、

上手く行かないパターン性を、回避することにも、繋がりうると言うことです・・・・・!!

勿論、

何一つ、とっかかりが無いような、

真っ新な体験ってものは、

真っ新が故に、

逆に、

物事を認識する視野が、広くなりすぎて、

全く何も見えないような、

盲目状態に、陥ってしまうことでも、

あることでしょう・・・・・・。

※ま、だからこそ、行動を通して、自分の経験則に、繋げることが、大事になるのでしょうが・・・・!!

新鮮な気持ちに立ち返ることで、純然たるメッセージを受け取る。

先入観を取っ払い、

フラットな気持ちで、新鮮な気持ちで、

物事に取り掛かる事が出来るからこそ、

行動を通して、

または、

その行動によって受け取る現実から、

純然たるメッセージを受け取る事が出来うることでしょう・・・・・!!

まぁ、勿論、

先入観を取っ払うとは言っても、

何も、

全くの、真っ新な経験だけを、重ね続けよって言う訳ではありません

自分自身の、物事に対する、

取り掛かり方ってものを、

掘り下げて、考察していくと、

自分自身が、よく、取りうる、パターン性ってものも、

見えてくることでしょう。

そのパターン性が見えれば、

逆に、

そのパターン性を、どこまで変化させれば、

新鮮味が出るか?ってバランスも、

段々と、把握出来ることでしょうし、

また、

どこまでの変化が、

既存の大きな流れを、保持しながら、

新鮮味を取り入れつつ、進化させれるか?ってバランスも、

把握することも、可能でしょう・・・・・!!

勿論、

そこには、小さな、試行錯誤がつきものではありますね。

また、

小さな失敗を、重ねること自体にも、

逆に、

既存の、大きな流れに、正当性をもたらす為には、

必要ともなることでしょうし、

またまた、

小さな成功、ここで言えば、

新鮮味をもたらすこと自体も、

モチベーション管理や、経験を踏まえた上での、

上手くいくパターンを、構築する為には、

必要となると言うことです・・・・(^^)

上記のプロセスを経ること自体を、

物事をシンプルに観ると言います。

大抵の人は、

自分の理性だけで、

または、

自分の計算だけで繋げてしまった、

概念や、事柄を保持する為に、

物事を複雑に捉えてしまっているものです。

計算による、

複雑性っていうのは、

自分自身はともかく、

人がそれを理解する為には、

そこに含まれる、メンタルブロックさえも、共有する必要性が出てきます

要するに、

理解する為には、

同じ業を背負う必要が出てくるとも言えますし、

同じ我慢を共有する必要性がある、とも言えてしまう事実もあるのです・・・・!!

新鮮な気持ちに立ち返ることで、自分自身の業を踏まえる。

上記で、とは言いましたが、

抽象度を高めてしまえば、

とか、原罪とか言う風な、

誰しもが持ち合わせている、

身体的、精神的な、メンタルブロックの何かしらに、

繋がってくるものでしょうが、

それを、具体的に、

細く考察していくと、

必ずしも、誰しもが、同じ種類の業を、

背負っているとは、言い難いものでもあることでしょう・・・・。

要するに、

新鮮な気持ちに立ち返る、

フラットな視点に立ち返ることにより、

シンプルに、素直に、

概念の理解をすることにより、

自分自身の、メンタルブロックを踏まえた上で、

自分自身の、想いを叶える為のゲシュタルトを、

構築していくことが、肝要となるって言うことです。

また、

そういった、

フラットな視点で体験した事や、

体感した事っていうのは、

人に提供する事で、

同じ種類の、メンタルブロック解放のお手伝いにもなるし、

また、

余計な概念が削ぎ落とされた情報っていうのは、

行動にも移しやすいものでもあります。

勿論、

本人の試行錯誤は必要不可欠ですが、

迷った時には、

その余計な概念が削ぎ落とされた情報に立ち返って、

それを基本とし、細部をアレンジしていくことで、

自分自身の、想いを叶える為のゲシュタルトを、

構築しやすいでしょうし、

また、

自分に合わない、メンタルブロックに、

翻弄される機会も、段々と、少なくなりうることでしょう・・・・!!

それが要するに、

現実や体感からロジックを作った情報なのです。

何も解らない状態で、

行動を起こしていくって事は、

暗闇の中を手探りで進んで行くようなものです。

その暗闇の中で、

指標となる明かりっていうのは、

自分自身や、

誰かの、

現実や体感を元に作り出した、概念でもあることでしょう・・・・・!!

またまた、

逆に言えば、倦怠感の中での、

同じパターン性の中に、新鮮味を見出して、

モチベーションを高めていけるのは、

自分自身の、経験則を踏まえた、

バランス感覚による、アレンジ能力でもあることでしょう・・・・!!

もしかしたら、

その指標っていうのは、

自分の現実には合わないかもしれませんし、

そのアレンジが故に、小さな失敗を、

重ねてしまうかもしれません・・・・・。

でも、それでも、

真っ暗闇の中を突き進んだり、

倦怠感により、ビジョンでもあり、

ゴールを見失うよりかは、

失敗を体感する方が、いくらかましです

勿論、

取り返しのつかない失敗まで、

行かないように、小さく失敗する、

リカバリー能力を、高めることも、重要ともなることでしょう・・・・・。

だけど、

何一つ、手応えの無い状態ってものが、

一番、厄介な状態ではあります。

そのような状態であるのであれば、

たとえ、失敗であったとしても、

体験することの方が、重要となることでしょう。

何故ならば、

失敗を体験すれば、

その逆に、成功の存在も、見えてくるからですね・・・・・(^^)

成功や失敗は、自分自身で定義しよう!!

何を持って、成功と言うのか、

または、

何を持って、失敗っていうのかっていうのは、

具体的な形に、落とし込めば、

人の数だけ無数に存在することでしょう・・・・・!!

が、

概念に『フォーカス』を当てて、

抽象度を高めていくと、

人の幸福感や、喜びを得る為の事柄っていうのには、

そんなに差ってものは、ありません

要するに、

目先の物事に、

新鮮な気持ちで取り組む事により、

自然と繋がったロジックっていうのは、

在る意味、

自分自身にとっての、『原理原則』でもあり、

色んな現実に適用出来得るものでありますし、

それが、同じ種類の、

メンタルブロックを持ち合わせている人々にとっても、

役に立つことでしょう・・・・・!!

結局は、

自分の新鮮な気持ちで取り組んだ、

行動を通してでしか、

自分自身の、ビジョンでもあり、ゴールに向かう術は、存在しないことでしょう・・・・・!!

自分自身の、ビジョンでもあり、

ゴールに向かって突き進むには、

概念を理解し、

他の物事に応用が出来、

再現可能になるって事が、重要となることでしょう・・・・・!!

まぁ、

再現っていうよりも、

また新鮮な気持ちで再構築するって感じはありますし、

それでこそ、

モチベーションを高めることが、可能となるのでしょうが・・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

自分が本当に好きな事って、

どれだけフラットな視点に立ち返っても、

やっぱり好きなものです。

それを人に伝える為には、

0から良さを伝える事となりうることでしょう・・・・・!!

まぁ、

その0は、アレンジしたが故の、

0なのかもしれませんが・・・・(笑)。

だけど、

だからこそ、

既存の大きな流れを踏まえている、

安心感も、あるのでしょうが。

それこそが、

経験科学のスタイルでもあり、

それが上手い人っていうのが、

要するに、

僕自身が定義する、成功者なんだろうなぁってボヤッと思った次第です・・・・(^^)

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