モチベーションの使い方と、失敗を覚悟する方法とは??

モチベーションって言うと、

所謂、

「やる気」のことではありますが、

こと、社会人になって、

モチベーションとか、「やる気」とか言われると、

その立ち位置によって、

あらゆる捉え方が可能な、便利な言葉でもありつつも、

労働意欲とか、主体性を発揮する為には、

とても、大切になる概念ではありますね・・・・・。

そのような、

モチベーションって概念ではありますが、

自主性とか、意欲とか言えてしまうものではありますが、

それって言うのは、

突き詰めて言うと、

個人だけの問題でも無く、

その関わってくる他人や、環境による、

所謂、

個人の主観から見えている、

もしくは、

個人の主観から描いている、

構造ってものや、世界観ってものからも、

影響を受けているものでもあるのです・・・・・!!

まぁ、

だからと言っても、

他人や、環境のせいにすること自体が、

自分自身の、モチベーションを、奪う側面もありますから、

出来るだけ、自分自身、個人からの、

影響力を発揮出来る範囲に、

その、

モチベーションの源泉を、定義しておきたいところではありますよね〜・・・・・。

またまた、

モチベーションと言うと、

上記に書いてきた通り、

自主性とか、意欲って意味合いを持つものではありますが、

もっと、現実味を持って、

個人の立ち位置に、寄り添って考察して見ると、

ど〜〜〜〜しても、

モチベーションって概念と、失敗って概念は、

切り離しては、考えられないものでしょうし、

トップダウンの、上からの命令のような指示ならともかく、

モチベーションを湧き起こす=失敗の形を覚悟するって定義することも、

可能な概念でもあるのです・・・・・!!

※まぁ、命令で、ロボットのように動ければ、何の苦労も無いのでしょうが・・・・(苦笑)。

それらを踏まえて、

今回は、

モチベーションの使い方と、失敗を覚悟する方法とは??

ってテーマに沿って、アレコレ考察していきましょう!!

スポンサードリンク

モチベーションは、失敗を味わうサインでもある。

まず、大前提として、

僕たち人間は、神でもスーパーコンピューターでもありません

だからこそ、

失敗するものでもありますし、

また、

人に対しても、失敗することを、理解しておく必要もあることでしょう・・・・。

まぁ、

至って当たり前なことではありますが、

こと、仕事とか、お金が絡んできて、

フォーカスが、自分自身の、立場ばかりに向き始めると

人の小さな失敗でさえも、

許せる余裕が、段々と無くなっていき、

それが循環して、

自分自身の小さな失敗でさえも、

許せなくなっていき、どんどん生き辛くもなり、

ひどい場合だと、

うつ病とか、精神疾患となってしまうことでしょう・・・・・。

だからこそ、

失敗って概念と、綿密に繋がりがある、

モチベーションって概念から、

失敗を覚悟する必要があるってことです。

モチベーションっていうと、

ワクワクする感情や、

目標を定めて、前向きに行動する時には、

付き物の衝動でもあり、サインであります。

何か、

事を起こす時に、

行動する前から湧き起る事もありますし、

仕方がなく始めた事であっても、

その面白みの理解度が高まると同時に、

湧いてくるものでもありますね。

小学校の遠足や、

中学校の修学旅行前日等に、ワクワクして眠れないのも、

一種のモチベーションであります。

これは、

在る意味、

始める前から先取りで、

楽しいっていう感情を受け取っているものでありますし、

もしくは、

同じような誰かの、楽しそうっていう感情を、

受信しているものでもあります。

この感情を、先取りすることによって、

味わい尽くす事によって、

楽しい遠足や、修学旅行が実現していると見ることも可能ではありますね。

そして、逆の視点から見ると、

この感情を誤魔化しきって、

抵抗することによって、

それなりの遠足や、それなりの修学旅行が実現してしまうとも、

見ることが可能でもあるのです・・・・・・!!

この、

感情の誤魔化し、

または、

すり替えっていうのは、

自分で考えている以上に、

世の中に溢れているものでもあります。

要するに、

一般的に言う、

常識や、普通っていう概念を、

盲目的に信用してしまうと、

それなりの結果しか出ないってことでもあります。

まぁ、勿論、

この、それなりの結果ってものは、

あくまでも、主観的な見方ではありますが、

どこか、

「やりきっていない感」や、

自分自身のいる場所以外に、自分の居場所ってものを、

求めてしまうような、

「自分探し」をしてしまう元にも、

なり兼ねないので、注意が必要だと言うことです。

スポンサードリンク

常識や、普通っていう概念との関わり方とは??

注意が必要だと、上記では言いましたが、

だからと言っても、

常識や、普通っていう概念に、

当てはまる事っていうのは、

それを共有するだけで、

コミュニケーションが円滑になるものではあります。

が、

同時に、

自分の未来の可能性を制限する足枷にもなっている側面も、

理解しておきましょう・・・・・!!

その足枷を外して、

柔軟な理想の未来を現実化する為にも、

常識や、

普通っていう概念を、

盲目的に共有してはいけないんですね。

もし、

共有するのであれば、

あえて、

共有するっていう意識が必要でもあり、

もし、

常識や、普通っていう概念を、

破る場合であったとしても、

あえて、

破るっていう意識が必要でもあるのです。

この常識や、

普通っていう概念を、

共有する場合であっても、

破ってしまう場合であっても、

どちらにしても、

失敗するって事、

もしくは、

失敗したっていう、

屈辱の感情でもあり、

やらかしたっていうような感情からは、

人間である限り、

避ける事は出来ないっていう認識を、

たとえ、知識からだとしても、持っていた方が、

何かと、精神衛生上良いでしょう・・・・・。

要するに、

常識や、普通な対応をした場合であっても、

もしくは、

常識破りな対応や、極端な対応をした場合であっても、

どちらの場合であっても、

その、指向性の向きに、違いはあるのでしょうが、

失敗はするって事実を、キチンと見据えましょうってことです。

勿論、だからこそ、

その失敗の大小は、

その時点では分からないってことでもありますから、

常識や、普通って対応自体が、

大きな失敗を回避する為の、絶対的な手段とはならないって事実のことですね。

失敗の大小ってものの実態は、主観的なものに過ぎない。

失敗の大小ってものの実態は、

自分の主観的なものに過ぎないことでしょう・・・・・!!

だから、

人によって、

味わう負の感情の大小は違うだろうし、

そもそもとして、

人によって、

受け取る感情には、違いが存在しますから、

そこにはあまり、意味合いもありませんから、

その大小にさえも、囚われてはいけないってことですね。

ここで例えをあげて見ると、

大きな負の感情が、

待ち受けている場合ですと、

遠足や修学旅行の前日のモチベーションの如く、

事前に、

虫の知らせがあるものでしょう・・・・・。

そのような場合は、

本能に従って、

事前に回避すればいいって思います。

だけど、そこでも注意が必要なのは、

そのような場合であっても、

あえて、

回避するっていう意識を持つことでもあり、

そのように、行動するってことですね。

要するに、

今現時点の、現実から、

大きな変化が伴う時っていうのは、

感情のサインが事前に、湧き起るものでもあります。

また、それを踏まえた上でも、

大きな負の感情が、

自分自身を襲ったとしても、

その感情に、一時的に囚われて、

執着してしまったとしても、

その経験自体は、

例え、主観的な、個人的な経験だったとしても、

決して、無駄にはならないことでしょう・・・・・!!

要するに、

自分自身の世界観を、描いていく為には、

そのような、

ある意味、

人知れず、泥臭い経験をすること自体も、

予定調和の一環ともなるでしょうし、

また、

時間をかけてでも、

くすぶってしまった感情を、

味わい尽くす事には価値があります。

その後の現実の変化が、

その感情程、

大したものに感じなかったとしても、

たとえ、

取り越し苦労で終わったとしても、

時間をかけて、

感情を味わい尽くした事自体に、

そのプロセスを経ることによって、

そこに、意味が出てくると言うことです・・・・・!!

要するに、

失敗は、小さな失敗と定義し直すことが可能となり、

大きく感じていた失敗は、

丁寧に、感情を味わい尽くすことにより、

実は、あまり意味合いが無かったことに、

気づくと同時に、新たな、

自分自身にとって、心地の良い解釈が生まれることになるってことですね・・・・(^^)

あまり意味合いが無いからこそ、柔軟に世界観を描ける側面もある。

人っていうのは、

もっと柔軟な捉え方が出来る存在なんだと思うのです。

けれども、

受け取る現実や、

体験するシチュエーション自体は、

個人の力だけでは、

思った程変えれないものなのかもしれません。

が、

内観にフォーカスを当てていくと、

現実の捉え方ってもの、世界観の描き方ってものは、

その現実の、彩(いろどり)次第でもあることでしょう・・・・・!!

ちょっとした彩(いろどり)の違いで、

捉え方ってものや、世界観ってものは、変わってしまうのです。

要するに、

単純に言えば、

「前向きな捉え方が出来るかどうか?」でもありますが、

その前向きさを、引き出す為には、

ある意味、

何の意味合いも無い部分を、

腑に落とす必要もあり、

その上で、自分自身が、前向きになれるような、

解釈に、

あえて、執着していくことが大事になると言うことです・・・・・!!

本当は、あまり意味合いが無かったとしても、

何の意味合いが無かったとしても、

いいじゃあ無いですか

少なくとも、

自分自身にとっては、

前向きな解釈とはなるんですから。

その為にも、

その彩(いろどり)を、

自分好みに解釈する為にも、

事前に受け取った感情を、味わい尽くす事が、大事になると言うことです。

けれども、

どれだけ味わっても、

負の感情しか出てこない場合は、

見切りをつけて、

あえて、逃げてしまいましょう・・・・!!

それは、

自分にとっては、

要らない現実ですし、

そのように、解釈出来ることでしょう・・・・・!!

もし、

自分の理想にとって、

必要な現実の場合は、

負の感情を味わい尽くした先に湧き起る、

『やりがい』って言う名のモチベーションが存在するはずです。

失敗は避けれないでしょうが、

『やりがい』があれば、

何とかなるモンです。

エエ。

まとめとして。

いかがでしたか??

モチベーションが湧き起こった時点では、

はっきり言って、

そのやり方さえ、まともに見えていない状態でもあることでしょう・・・・!!

だからこそ、

行動することを、躊躇してしまいガチになるってことですね・・・・。

だけど、

モチベーションと、失敗って概念を、

ニコイチで考え見ると、

モチベーションに従う=失敗までは突き進むって解釈も、可能となることでしょう。

勿論、

物事は、やり遂げることが、

大事にはなるでしょうが、

その為には、

失敗の管理でもあり、

リスクマネジメントってものが、

もっとも重要となることでしょう・・・・・!!

その為にも、

小さく失敗する訓練や、

大きな失敗を、小さく定義し直す訓練も、

必要となるってことですね・・・・。

それが結果的に、

「やりがい」を引き出す為の、

理性的な枠組みともなることでしょうから・・・・(^^)

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする