負けず嫌いの心理学を知り、オンリーワンであろう!!

一般的に、

勝気な人とか、負けず嫌いな人っていうのが、

優秀な人ってイメージがありますね・・・・。

まぁ、だけど、

ここで言う、

勝気な人とか、負けず嫌いな人って言うのは、

決して、

表面上の、態度だけをさし表すのでは無く、

勿論、

態度も勝気でもあり、負けず嫌いであっても、

優秀な人もいるのでしょうが、

どちらかと言えば、

静かに、闘志を燃やすような、

一見、物腰が柔らかいのにも関わらずに、

その、秘めた闘志によって、

物事を、上手く運んでいく人のことを、

所謂、

優秀な人って言うのでしょう・・・・・・!!

だけど、

言葉の響きだけで、イメージを拾っていくと、

どちらかと言うと、

勝気な人って言うのは、

トラブルメーカーのような側面が強くもあり、

何かと、積極的ではあるのですが、

トラブルも一緒に、巻き起こしてしまうが故に、

勢い付いている時は、

求心力があるのですが、

一旦、行き詰まると、

ムラっ気が出てきて、

立ち直るまで、時間がかかってしまうもんでもありますよね〜・・・・・(^^;)

それらを踏まえて見ても、

やっぱり、

勝気な人よりも、

負けず嫌いな人の、心理学を知ることで、

人との調和も考慮に入れつつも、

静かな闘志を育んで行き、

その闘志は、

決して、人を打ち負かす方向性に、

使っていくのでは無く、

過去の自分に負けないように、

オンリーワンの結果を、構築していくことに、

使えることが、

所謂、理想の形ではありますね・・・・・(^^)

それを踏まえて、今回は、

負けず嫌いの心理学を知り、オンリーワンであろう!!

ってテーマに沿って、アレコレ考察して行きましょう!!

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人が成長する為には、負けん気は重要な要素ではある。

負けん気っていうのは、

在る意味、

人が成長する為には、

必要不可欠なものではありますね。

だけど、

無闇やたらと、

人に対抗意識を燃やす人っていうのは、

その対抗する相手にとっても、

または、

自分の『在り方』的に見ても、執着を産んでしまうものでもあります。

まぁ、

はっきり言って、

自分自身のすぐ横で、対抗意識バリバリで、

行動されると、誰しもが、

あまりいい気はしないものでしょうし、

また、

自分でこそ、自分ならではの結果を追い求める人にとっては、

執着してしまうと、

IQが低い方に引っ張られることにもなり、

確かに、

単純な構造では、

切磋琢磨することにもなり、

それによって、

能率が高まることも、あるでしょうが、

こと、

クリエイティブ性が、必要な作業でもあり、

行動の場合は、

逆に、コモディティ化が促進されてしまい、

結果の枠組みが、狭まる恐れも、出てくるものでもありますね・・・・・(^^;)

またまた、

勝気を履き違えた、ひどいケースの場合ですと、

チンピラや、よく吠える小さな犬の如く、

立場の強い人にはヘコヘコして、立場の弱い人には強気になる人って言うのも、

世の中には存在するでしょうし、

まぁ、

シチュエーションを絞って行けば、

誰しもが、陥る可能性を、孕んでいることでしょう・・・・・!!

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「見てる人は見てる」って意識を持とう!!

上記のような、

ある意味、

ひどいケースの場合でも、

「見てる人は見てる。」

って意識を持つことによって、

そこに執着せずに、自分自身の理性を保てるもんでもあります。

が、

それでも生ぬるい、もう一歩踏み込んで見ようって方は、

「見てる人は見てる。」

って意識を持つことによって、

そのような、ひどいケースに、

執着しなかった自分自身を、

自分自身はキッチリと覚えているって事実まで、

考慮して見ましょう!!

このチンピラや、

よく吠える犬の如くの『セルフイメージ』っていうのは、

結果的に、

シビアな選択を迫られる場面や、

いざという時に、

自分自身の弱さを無自覚にさらけ出す事になるでしょうし、

そもそもとして、

そんな、重要度の高い、

決断が必要な役割は、あまり、

そのような人には、回ってこないのが、

相場でしょうし、それは、

大きな失敗の可能性も、孕んでいることでしょう・・・・・!!

「日頃の行い。」

っていう言葉がありますが、

これも、

神様が観ているっていうニュアンスの言葉でもあり、

ある意味、

フワっとした表現ではありますが、

要は、

「自分の内なる神様が観ている。」って事でもあるのです・・・・・!!

まぁ、こう聞くと、

なんだか、ジブリに出てきそうなイメージが、

浮かんでくる人も、いるかもしれませんが(笑)、

この、上記の表現は、

実は、

コーチングや、自己啓発で言うところの、

「答えは自分自身の内(内観)に、すでに存在する。」

って考え方から言っても、

「自分の内なる神様が観ている。」

って表現しても、なんらおかしいことは無いことでしょう!!

何故ならば、

その答えは、確かに、内から出てくるものでしょうが、

その根源を辿って行けば、

ここでは、あえて割愛しますが、

宇宙とか、神とか表現してしまうようなところに、

行き着くことでしょうから・・・・・。

まぁ、この他の表現で、

表して見ると、

自分のインナーチャイルドや、

根源なる自分って言葉でも表現出来ることでしょうね。

己に勝つじゃあ無くて、己に負けないってこと。

人とか自分とか、

まぁ、普段の、

理性が働いている時は、

きちんと区別も付くのでしょうが、

こと、IQが低くなりがちな、

感情的になりやすいようなシチュエーションだと、

人も自分も、一緒くたのようなイメージに陥りがちでもあり、

それによって、

結果的に、

己に負けた状態に陥って、自己嫌悪になったりも、しちゃいますよね〜・・・・・(^^;)

ある意味、

そこまで考慮に入れた前提で、

自分自身が、コントロール出来うるものに、

集中して見ると、

全部、

対抗意識ってものは、

過去の自分自身に向けるべきでしょう・・・・・!!

何故ならば、

人に対抗意識を向けたとしても、

その結果、待っているのは、

その相手の、

「参った。」という風な、降参の宣言でしょうが、

まぁ、

中々、自分が思ったように、

綺麗に降参してくれるもんじゃあありませんよね??(苦笑)

もっと言えば、

どちらかと言えば、

そのスタンスは、大差があって初めて、

成り立つもんではありますが、

その相手の内に、遺恨を残すはめにも、

なりかねないでしょうし、

またまた、

競り合えば競り合うほど、

拗れてしまうのが、

よくあるパターンでもあることでしょう・・・・・(^^;)

人に対抗意識を向ける注意点とは??

人に対抗意識を向ける事っていうのは、

結果的には、

「ごねたもん勝ち。」の世界観を、

構築することにも、繋がっていくものでしょう・・・・。

要するに、

その対抗意識に巻き込まれる人っていうのも、

たいした『セルフイメージ』じゃあ無いだろうし、

高い『セルフイメージ』の人っていうのは、

人に自己重要感を与える『在り方』を維持していると言う、

正論の元に、成り立っているとも言えます。

が、しかし、

その正論の元に、

「ごねたもん勝ち。」の世界観が、

出来上がっている事実を、直視してみれば、

その、「ごねたもん勝ち。」の世界観に、

辟易して、うんざりしてしまっているような方にとっては、

自発的に、

人に対抗意識を向けるのでは無く、

過去の自分自身を、超えることを意識して、

未来視点での、自分自身が、

楽になれる、精神的に、充実出来うるような、

世界観こそ、構築していくべきでは無いでしょうか??

その為には、

何よりも、隣の人よりも秀でると言ったような、

ライバル主体の考え方でもあり、

特定の誰かに、執着するような、

スタイルを、

見直す必要も、出てくると言うことですね・・・・・。

また、

そのスタイル自体が、

チンピラや、よく吠える犬のような『在り方』を、

自然と遠ざけていくことにもなることでしょう・・・・・!!

そういう『在り方』の人っていうのは、

上下関係の、

上の立ち位置に立たないと、

ろくにすっぽに、人とコミュニケーションが取れない『在り方』だとも言えます。

だから、

人に対して、

端から観ると、

喧嘩をふっ掛けるが如く、

自分の優位性を保つ為に、

自慢気になってしまうし、

相手にもその『在り方』を強要するものでもあることでしょう・・・・・!!

そういう相手に対しての、

対処法っていうのは、

等身大の同じ、血の通った人間として対応する事ですね。

決して、

相手の対応に妥協してはいけないんです。

こちらから、

先手必勝の如く、

攻めるんじゃあ無くて、

あくまで、

相手の等身大の姿は認めることによって、

自分自身のバランス感覚を、見失わないことが、

肝要となることでしょう。

等身大の自分を見せるってこととは??

上記のような、『在り方』の人っていうのは、

何かしらの事情があるが故に、

根源的な恐れを持っていて、

それが心理的ブロックになっており、

等身大の『自分』を見せれない状態であるとも言えます。

まぁ、逆に言えば、

どんな人に対しても、

等身大の『自分』を見せれる事が、

エライ訳でも無いでしょうし、

優れているって訳でも無いでしょう・・・・・。

そういう人は、

そういう人で、

ちょっと危ないですね・・・・(苦笑)。

何故ならば、

本当に、等身大の自分を見せるってことは、

それだけ、人に対して、影響力が出るものでもあるでしょうが、

逆に、

自分自身も同じくらい、その相手から、影響力を受けるものでもあるからです・・・・・!!

だからこそ、

自分自身の舵取りを、人や環境任せにしない為にも、

人に対してと言うよりも、

自分自身で、

等身大の『自分』を知っている事が重要となりますし、

自分自身が、認めた人であり、

信頼に値する人にだけ、等身大の自分を、見せれば良いとも言えることでしょう・・・・!!

等身大の『自分』を見せれない人、

根源的な恐れを持っていて、

それが心理的ブロックになっている人達っていうのは、

言い換えて見ると、

大衆的でもあり、常識的な人たちのことを言いますが、

風通しが良い環境であれば、

それは、

ある一定水準の、マナーとか、民度ってものを、もたらすものでしょうが、

こと、

風通しが悪い、

封鎖されたような、情報の囲いの中にいてしまえば、

「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」

って如く、

どんどん『間違い』に人を巻き込んでいくものでもあります・・・・・。

まぁ、これは、

間違いと言う、自覚は無いかもしれませんし、

決して、最悪という意味ほどの、間違いでは無いのでしょうが、

少なくとも、

最善の道を閉ざしてしまう意味での、社会悪的側面を持っているものです。

勿論、

行き着く所まで行き着けば、

正気に戻る人も、

中には出てくるのでしょうが、

そういう集団心理の中では、

正気に戻る人っていうのは、稀なケースでしょう・・・・・・。

勿論、環境が変化すれば、

気付く人が、多数出てくることでしょうが。

だからこそ、

等身大の自分ってものは、

自分で知っておく必要があり、

覚悟を決めて、見せることも、必要となるってことですね・・・・。

鎖国的な情報環境での注意点とは??

鎖国的な情報環境って言うと、

ちょっと大層な表現にも、見えるでしょうが、

こと、

専門的な、仕事に特化した環境では、

多くの場合、

余計な情報が、入らないような環境になっていることでしょう。

要するに、

その環境の中での、

大衆的でもあり、常識的な人たちって言うのが、

どのような環境であっても存在するでしょうし、

そのことを、コミュニティって呼ぶものでもあることでしょう。

今自分が、

そういうコミュニティに属しているかもしれないって、

心当たりのある方は、

その集団心理でもあり、

大衆心理でもあり、常識に巻き込まれるとしても、

ちゃんと、

自覚的に、巻き込まれる事をおすすめします

この、

自覚的にっていう意識は、

等身大な『自分』を見失なわない為に、

重要です。

器の大きい、

いざという時に心が折れない人

または、

逆に、

勇気が湧いてくるような、

真の負けず嫌いな人になる為には、

何時いかなる時であっても、

困った時には、

等身大な『自分』に立ち帰れる事が重要となることでしょう・・・・・!!

まとめとして。

いかがでしたか??

逆境に強い人と、一緒に行動すると、

自分も勇気が湧き起こり、何でも出来る気がするものです。

でも、

そういう時でも、

等身大な『自分』は見失わない事が大事なのです。

大言壮語っていうのは、

勇気が湧くものです。

でも、

盲目的に、狂信的に、

言葉や、概念を信仰するんじゃあ無くて、

一分でもいいから、

等身大な『自分』を、

意識の端に置いておく事が大事です。

それが、

要するに、

自覚的に巻き込まれるって事でもありますし、

理性的に、情報を更新していく術なのでしょうね・・・・・(^^)

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