失敗したことによって生まれる、リスクと方向性とは??

何事もそうでしょうが、

我々は、失敗することが怖くもあり、

またまた、

その大小は様々ではありますし、

勿論、人と年齢層によっては、

大きな失敗経験が無いって人も、

中にはいるでしょうが、

その大小は、横に置いて置いたとしても、

失敗した経験があるが故に、

新しいチャレンジに、躊躇する側面もありつつも、

その失敗経験によって出来上がった、

メンタルブロック=苦手意識があるが故に、

行動することを躊躇したり、

行動を厳選したり、行動プランを立てるのでもありますね・・・・・。

だからこそ、言うのではありますが、

その、失敗ってテーマは、

ある意味、

成功ってテーマ以上に、重要な役割を果たすものでもあるのでしょう・・・・・!!

また、

ロボットや神様では無く、

人間として、行動すること前提で考え見ると、

失敗が無いように見える人=人間味が薄く感じてしまい、

何処か、嘘くさくも見えるものでしょうし、

また、

何処か、冷たい印象を受け取ってしまうのもまた、

我々、人間のサガでもあることでしょう・・・・!!

要するに、

人格とか、親しみやすさとか、とっつきやすさってものには、

失敗することとか、

失敗を泥臭く、リカバリーすることが、

必要となるってことです。

勿論、

お金稼ぎとか、仕事の能力にフォーカスを当てると、

大きな意味では、成功を求める必要があるのですが、

人と一緒に、仕事に取り掛かる前提で、

考察して見ると、

成功にフォーカスを当てるよりも、

失敗にフォーカスを当てて、

そのリカバリーの相性や、

失敗そのものの、自分自身との相性ってものこそ、

一緒に仕事をしていく上では、

大切な要素ともなることでしょう・・・・・!!

何故ならば、その相性が合えば、足らない利点は、補い合えば良いでしょうから。

また、その上で、

利点が何も無いって人は、存在しないことでしょう。

何故ならば、

利点が何も無い=利点が発見されていないか、

それ以上に、周りにとっては、

失敗要素を、許しがたいってことにも当てはまることでしょうから。

上記のことを踏まえて、

今回は、

お金や仕事のことを、考慮に入れた上で、

人間関係を良好にしていく為に、

失敗したことによって生まれる、リスクと方向性とは??

ってテーマに沿って、アレコレ考察してみましたよ〜(^^)

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まずは、失敗の大小を、定義してみよう。

物事には、

失敗が付き物ではあります。

が、

目先の失敗を恐れていては、

何も行動をとっていく事が出来ません

まぁ、

目先の小さな成功に、執着しているが故に、

同じように、

目先の小さな失敗に、執着してしまっているとも言えますね。

だからこそ、

失敗の中にも小さな成功の種があるし、

成功の中にも小さな失敗の種があるって、

意識を持つことって重要となることでしょう・・・・!!

自分自身が、過去に体験した、

小さな成功や、小さな失敗ってものは、

新しいチャレンジや、

新しい環境で、行動するときに、

ふいに、デジャブのように、思い出す性質を持っていることでしょう。

だけど、

その小さな成功や、小さな失敗の数々は、

今現時点での、

自分自身の『在り方』により、影響を受けて、

成功か失敗かという風に、『捉え方』が決まり

それが、

自分自身の主観から見た、

自分自身の長所になったり、

コンプレックスになっていると言う、

構造的な理解も必要となることでしょう・・・・・!!

勿論、中には、

その主観から見える、

長所でもあり、コンプレックスが、

「全部そのままで問題ないじゃあ無いか?」

っていう、自分自身の方向性の舵取りが、

出来ている方は、

勿論、そのままで結構なことでしょうし、

僕自身に、言われるまでも無く、

それは、素晴らしいことでしょう・・・・(^^)

またまた、

自分自身の主観から見た長所やコンプレックスと、

人から視点での長所やコンプレックスってもの自体は、

同じになる必要は無いでしょうが、

そもそもとして、

自分の主観と言ったような、

自分の意見ってものが、無いって人は、

注意が必要だと言うことです・・・・・。

環境を選ばない、大きな意味での自分を知る。

上記にあげた、自分の主観とか、

自分の意見ってものが無い人って言うのは、

はっきり言って、環境に依存していくしか、

大きな失敗を回避する方法を持たないことでしょう・・・・・!!

まぁ、最高のパートナーがいれば、

それはそれで、幸せな人だとは言えることでしょうね・・・・(^^)

だけど、

それはあくまでも、

一種の完成形の形でもあり、

これから、そのようなパートナーを、

作ろうって方にとっては、

待ちに徹することだけじゃあ、

生ぬるいし、どんどん、

現時点での環境に、流されていく始末に、なり兼ねないことでしょう・・・・!!

それらを踏まえて、

すでに、完成された環境が存在するんじゃあ無く、

今ある環境から、環境自体に影響を与えて行こうって方にとっては、

自分自身の主観による、

自分自身の意見としての、

何を長所と感じているのか?

もしくは、

何をコンプレックスであり、短所と感じているのか?

って事は、

その人自身の、行動力に関係してくるものでもあります。

もうちょっと、

大きな概念で表現しますと、

『エフィカシー=自己効力感』と深く結びついているのです。

要するに、

自分自身の、主観的な世界観ってものは、

普段の何気ない行動とも繋がっていますし、

新たにチャレンジする事とも繋がっていくものでもあるのです・・・・・!!

また、

この『エフィカシー=自己効力感』が無い事柄っていうのは、

チャレンジする気も、

あまり、起こらないものではありますが、

逆に、

エフィカシー=自己効力感がある事柄って言うのは、

環境を乗り越えてでも、チャレンジすることが大事になることでしょう・・・・!!

何故ならば、

この『エフィカシー=自己効力感』が無い事柄っていうのは、

自分自身の『捉え方』により、

モチベーションの関係上、

大きく失敗する可能性が高いですし、

逆に、

エフィカシー=自己効力感がある事柄って言うのは、

ある意味、

過去の成功事例を踏まえた上で、

上手くこなせる確信を、持ち合わせている事柄だとも言えることでしょう・・・・!!

まぁ、

小さな意味では失敗する前提ではあるのですが・・・・(笑)。

失敗の大小の、決定的な違いとは??

最初に説明したとおり、

何をやっても、

小さな失敗っていうのは避けれないんです。

だけど、その、

小さな失敗と、大きな失敗の、

『決定的な違い』ってものがあるんです。

それは何だと思いますか?

あくまでも、概念的に、

大きな枠組みで、考察していきますが、

・・・・・それは、

心理的ブロックが出来上がるか?、

出来上がらないか?、

もしくは、

トラウマを創りだすか?、

創り出さないか?って違いでしか無いって事実を、

頭に叩き込んでおきましょう!!

要するに、

主観的な違いでしか無いとも言えますし、

環境でさえも、チャレンジしやすい環境って言うのは、

上を見れば、キリが無くなることでしょうが、

少なくとも、

チャレンジしにくい環境とか、

最悪回避したい環境ってもの自体は、

キッチリ定義することが可能となり、

その回避自体が、自分自身のケツを叩く、

行動の起爆剤と言うか、行動の動機付けとなりうるってことです・・・・!!

小さな失敗っていうものを、

便宜的に、定義付けしてみると、

心理的負担が軽いが故に、

失敗の先の成功っていう、

ひとまとまりの、ゲシュタルトが創造しやすい失敗であるとも言えます。

また、逆に、

大きな失敗っていうものを定義してみると、

心理的負担が重い故に、

それを反面教師として、教訓とする

ひとまとまりの、ゲシュタルトが創造しやすい失敗であるとも言えます。

この両方の失敗の定義付けは、

勿論、

その先に存在する、成功事例を見据えた上での定義付けではあります。

またまた、

小さな失敗ってものは、

経験する事自体に、意味合いが存在し、

その経験によって、

自分自身の視野が広がり、

失敗自体が、目標への道筋にもなり得るでしょうし、

どんどん、進むべき道筋が、明らかになっていく失敗だとも、

言えることでしょう・・・・・!!

でも、

大きな失敗ってものは、

別に、

無理して、経験しなくても良いような、

大きな負担を、あえて選択してしまった事により、

強固な心理的ブロックが出来上がり、

その方向性への、自分自身の可能性を閉ざす事にもなるでしょうが、

そもそもとして、

元々、苦手な分野であったとも言えますから、

より一層、

アドバンテージが効いた環境を、

用意する必要がありますし、

また、そもそもとして、

そのような環境には、

お金や時間と言う風な、対価が必要不可欠ではあることでしょう・・・・!!

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頑張っている感ってものを、盲信しない。

よく勘違いされるのが、

大きな心理的ブロックがある方向に進む事=頑張っているんだから成果も伴うはず!!

っていう思い込みがある事なのです。

また、言い方を変えてしまえば、

ストレス負荷がかかる=頑張っていると言う、

認識のことでもありますね・・・・・。

まぁ、ストレスってものは、

全くかからない環境だと、

腑抜けのようになるか、もしくは、

ただ、遊び呆けるだけになってしまうものでしょうから、

全く、ストレスが無いような環境であっても、

自分自身の、経験と想像力を働かすことで、

大きな失敗を回避するって意味と、

小さな失敗には、躊躇しないって意味での、

自分の持ち前の、適切なストレスってものは、

用意する必要があるでしょうし、

それでこそ、

自発的な、自己責任な行動だと言えることでしょう・・・・・!!

だけど、

上記のような場合とは別に、

大きな心理的ブロックがある方向に進むって事は、

最高の環境が、用意されているならまだしも、

劣悪な環境や、もっと言えば、

自分自身が、苦手な分野だけに、

普通な環境でさえも、

その方向に、無理して進むってこと自体が、

『自分』ってものを弱めてしまう事と同義となるってことです・・・・(^^;)

そっちに進めば進む程、

『エフィカシー=自己効力感』が無くなっていくとも言えますし、

『自信』を失っていくとも言えます。

これは、

個人の能力とはあまり関係が無いし、

むしろ、

別のパターン性を持って、

上手くいく確信を、持ち合わせている場合の方が、

より、

エフィカシー=自己効力感を、失う元となる行動となるとも言えることでしょう・・・・・。

要するに、

引き寄せ的表現で言えば、

『自分』が望む現実を引き寄せて行けなくなっていくってことです・・・・・!!

ツキとか運が無くなるとも言えますね。

「運も実力の内」

って言葉がありますが、

要するに、

自分の『捉え方』に沿った現実を、

引き寄せる事が実力でもあるでしょうし、

また、

「人事を尽くして、天命を待つ。」って言葉もありますが、

その人事に当たる、自分自身が、コントロール出来る範囲内の行動を、

サボった結果によって、

ツキとか運が無くなるとも、定義出来ることでしょう・・・・・!!

自分の『捉え方』に沿ったとは言いましたが、

真に実力のある人達っていうのは、

自分の想定以上の現実を引き寄せていることでしょう・・・・・。

自分の『捉え方』に沿っていて、

なおかつ、

抽象度の高い領域に、コミット出来ているからこそ、

想定以上であっても、

受け取る事が出来るのでしょう・・・・・!!

受け取るとは言いましたが、

受け取る事が出来ない場合ですと、

受け取った後の未来像を、描く事が出来ないことでしょうから・・・・(^^;)

勿論、自分ごととしてではありますね。人ごとだと、妄想と一緒ですからね〜・・・・・(苦笑)。

一般的なイイ事と、自分にとってのイイ事の区別を付ける。

たとえ、

宝くじに当たったような、

一般的に言う、

大きな格差の現実を体験したとしても、

その大きな格差が、

自分の『捉え方』に沿っていなかったとしたら、

その先に待っているのは、

マイナスの大きな格差の現実だと言う、認識を持って見ましょう・・・・・!!

プラスの事柄って言うのは、

マイナスの事柄も、孕んでいるものではありますが、

そのプラスを、プラス足り得るように、

努力した結果であるとも言えるのです!!

自分磨きの結果と言っても良いでしょうし、

自己投資の結果と言っても、過言では無い事でしょう・・・・・!!

だから、

一般的に言う、

「イイ事」っていうのは、

ちゃんとした、

自分の価値観であり、『自分軸』ってものを、

持ち合わせていないと、

必ずしも、

自分にとって、

プラスに働くとは限らないって前提を持ち合わせた方が、

何かと、精神衛生上も良いでしょうし、

何よりも、

自分磨きでもあり、自己投資の為の、肥やしとなる事でしょう。

要するに、

盲目的に、

高いからイイとか、

周りがイイって言うからイイっていう価値観っていうのは、

無意味なのです。

大事なのは、

その高さの理由付けの方でもあり、

自分がイイって思う、理由付けの方だと言う事です。

一般的には、

イイって思う事の理由なんてものは、

自分では、

あまり言語化出来ないものではありますし、

大抵は、

提供側によって、用意されている事でしょう・・・・・!!

が、

思考の抽象度、

表現の抽象度を高めてみると、

そのイイって思うニュアンスくらいは、

誰しもが、表現出来るものでもありますね・・・・(^^)

『自分』の趣向を表現するとも言えますし、

自分の趣向を、形にするとも言える事でしょう・・・・・!!

もしかしたら、本当の所は、

『自分』しか解らない、

もしくは、

『自分』でさえも、

全貌は解っていないかもしれません

でも、

抽象度を高めると、

人にもニュアンスは伝わる程度に、

表現出来るだろうし、

表現すればする程、形にすればする程、

クリエイティブ性が磨かれて、

伝えるスキルも上がるだろうし、

そのアウトプットによって、

情報が繋がり、

『自分自身』の理解度も高まっていくはずです・・・・・!!

表現でもあり、形にしなければ、

いつ迄たっても、理解度ってものは、

深まって行かない事でしょう・・・・・。

その為にも、

一般的なイイ事に、流されないで、

自分の趣向ってものを、

表現でもあり、形にしていく習慣が、大事になるって事ですね・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

言葉っていうのは、

抽象度が低いものです。

でも、

そのおかげで、

ニュアンスを伝えれるとも言えます。

そういう、

雰囲気やニュアンスってものを、

人っていうのは、

自覚的、無自覚にかかわらず、

感じ取る力を持っているんです。

それの自分の趣向バージョンが、

『自分軸』の種なんだと思いますよ・・・・(^^)

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