自己嫌悪の原因を知り、再構築するという大決断!!

自己嫌悪に陥ると、

自分のことが許せなくなり、

考えることや、浮かんでくること自体が、

全部、後悔前提のマインドになってしまうことにより、

色々と、めんど臭くなってしまいガチですよね〜・・・・・(^^;)

だけど、まぁ、

自己嫌悪に陥る習性があるからこそ、

完璧超人じゃあないからこそ、

我々は、

自分自身の指向性を考慮して、構築していく術を知っているとも言えるのです・・・・!!

ある意味、

動物と人間の違いは、

そのような、

後悔とか、反省をする習性を活かした、

理性ってものが、存在するってところでもあるのでしょう・・・・・。

ま、だけど、

本能的な部分や、感情的な部分でもある、

動物的な部分も、ありつつも、

それに付随して、理性が働いたり、

自我と呼ばれるものが、自動的に作用するのが、

我々、ではありますが、

そのような、自動的に働く部分って言うのは、

なんとは無しに、生きているだけでは、

暮らしているだけでは、

中々、

理性的に、使い方を知る術を、持たないことでしょうね・・・・・(^^;)

要するに、

本能的、感情的、構造的な、

ひとまとまりの全体像を構築し、

それらを踏まえた上で、

自分自身の、QOL=人生のクオリティを高めていく為に、

使っていくことが、望ましいことだと言いたいのです・・・・・!!

勿論、

それには、資本主義社会的な構造でもあり、

お金や、価値観ってものも、

考慮する必要性もあるのですが、

それは、後々、考慮して、

繋げて行けば良いとも言えることですし、

最初の段階では、

自分自身の幸福感ってものを、追求すれば良いとも言えるのです・・・・・!!

まぁ、

最初から、お金や価値観ってものに、

関連していることに、

越したことは無いのですが・・・・・、

そもそもとして、

何処かの段階で、

自分自身の幸福感ってものには、

向き合わざるを得ないものでもあることでしょうし、

新たな企画や、新しいチャレンジには、

そのような、

自分自身の幸福感の、追求の仕方の術を知っている、

熟知していること自体が、

色々と、アドバンテージとなりうるってことなのです・・・・(^^)b

それらを踏まえて、

今回は、

そのような、新しい企画とか、

自分自身の、モチベーション管理の為に、

自己嫌悪の原因を知り、再構築するという大決断!!

ってテーマに沿って、アレコレ考察して行きましょう!!

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決断の種類を、考察して見ると・・・・。

一般的に、

決断するっていうと、

何か、決め事をつくったり、

自分自身のルールをつくったり、

何かを習慣にしようって事でありますね。

大きな範囲で言えば、

無自覚、自覚的に関わらず、

人生っていうのは、

その大小に関わらずに言えば、決断の連続であるとは言えます。

その決断の中でも、

客観的に観て、

価値の出てくる決断ってものがあることでしょう・・・・・!!

これを、概念的に、

語って見ると、

シチュエーション的に、

ストレス負荷がかかるような、

過去の自分自身を乗り越えるような決断ってものに、当てはまることでしょう。

これを、もっと、

解りやすく言うと、

自己嫌悪に陥るようなシチュエーションを避ける為、

自己嫌悪に陥るような『自分』を変える為の決断ってものに、

当てはまります。

それまでは、

その決断が出来ない為に、

周りになんとなく合わせる事で、

結果的に、

自己嫌悪に陥っていたんですね。

この決断は、

在る意味、

それまでの『自分』にとって、

未知の領域に足を踏み入れる事と同義なのです。

だからこそ、

自分しか理解出来ない領域であるとも言えますし、

勿論、

仲が良い、親しい人達なら、

客観的な理解はあるでしょうが、

突き詰めて考察していくと、

自分しか理解出来ない領域である前提とした方が、

何かと、精神衛生上よろしいし、

何よりも、

その部分の実践には、相談や、会議は必要ありません

相談や、会議が必要になるのは、

もうちょい、客観性が存在するテーマでしょうから。

要するに、

目の前の事柄が、なんであれ、

その相対する人が誰であれ、

決行する前提の決断でもありますから、

その決断は、

抽象度を高く設定して、普遍性を持たせる必要もあるってことではありますね・・・・・!!

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自己嫌悪に「さよなら。」を言う為には??

自己嫌悪って言うのは、

厄介な側面も持っており、

自分自身が、へこんだり、

後悔するのは、一向に、構わないだろうし、

それは、自分自身のせいでしょう・・・・!!

が、それは、

人を知らずに巻き込んで、

周りのテンションが下がったり、

人から不本意な、セルフイメージ(レッテル)を貼られる原因ともなることでしょう・・・・。

まぁ、セルフイメージ(レッテル)自体は、

決して、無くなることが無いでしょうから、

少なくとも、

人任せでは無く、

「自分自身が、こう在りたい。」

っていう、自分像に沿っていれば、

あまり気にする必要性も無くなることでしょう・・・・!!

また、その決断は、

決断するまでは、

その先に何があるのかわからず、

果たして、

「その先に道は続いているのか?」

って考えや、

「その先は崖になっているんじゃあ無いのか?」

っていう考えが、

浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・・・、

『恐れ』という小さな感情自体を、

自分自身だと思い込んでいる状態でもあるとも言えます。

もしかしたら、

「浮浪者や、人生の落伍者ってレッテルを貼られたり、社会不適合者ってレッテルを貼られるかもしれない・・・・・。」

・・・・・そのような、

考えが湧き起るような、

不安や恐怖の感情を、

『自分自身』だと思い込んでいる状態でも在ります。

「そんなレッテルを貼られるくらいなら、妥協しておこう。」

これも在る意味、

一種の真理でもありますし、

それをあえて選択することも、

一種の、セルフマネジメントの術でしょう・・・・・!!

だけど、

その不安や恐怖の感情ってものが、

取るに足らない、矮小な幻想に過ぎないものだと理解する事が出来ても、

「あなたは妥協するでしょうか?」

ただし、

その先に進むには、

幻想に過ぎない、不安や恐怖の感情のかわりに、

『自己責任』という、

目覚めであり、プレッシャーが伴います、

いや、

自覚的に、自虐的に、

目覚めでもあり、プレッシャーの方を、

選択することにもなることでしょう・・・・・!!

また、

この『自己責任』は、

自他の区別がありませんし、

ある意味、

それくらいの想定をして、

自分自身の影響力ってものに、

誠実に向き合うことも、大事になることでしょう・・・・・!!

過去の自己嫌悪を、自己責任って捉え直す勇気!!

自己嫌悪っていうからには、

過去の経験の一部ではあることでしょう・・・・。

勿論、その過去の経験は、

全部が全部、自分だけの責任ではありませんし、

また、

それが故に、

何度も、同じようなシチュエーションで、

自己嫌悪に陥る原因ともなっているとも言えます。

だけど、

それらの経験ってものは、

決して、

結果だけを考察して、自己嫌悪に陥っていた訳じゃあ無いって事実を、

まず、

知っておきましょう。

結果がどうこうよりも、

その時の、自分自身の在り方でもあり、

スタンスでもあり、姿勢ってものに、

自分自身がガッカリして、

自己嫌悪に陥っていたと言う事実のことですね・・・・・!!

要するに、

「自分の人生に起る出来事、自分が体験する現実は、全部、自分自身の責任だ。」

って捉える事が、重要となるってことです。

だけど、

だからと言って、

「短略的に、人のせいにしてはいけない。」

って事ではありません

別に、

人のせいにしようが、自分のせいにしようが、

『自己責任』なのです。

その捉え方を採用することにより、

その結果により、

もしくは、

その結果がどうこう関係無しに、

起りうる現実を受け止める為、受け入れる為の、

自分自身にとっての、受け皿になることでしょう・・・・・!!

受け止める為の受け皿があれば、

その結果に対する対応力も出来上がります

すなわち、

器が出来上がるってことでもあります。

要するに、

人のせいにしようが、自分のせいにしようが、

抽象度の高い、

大きな視点から俯瞰すれば、

全部、『自己責任』なんです。

自分自身の影響力まで考慮にいれて、

自己責任なのです。

その『自己責任』の中で、

どれだけ、

良質な、エネルギーであり、価値の循環を、

『自分』と関わる人達との間で起こしていけるか?

って事に集中していくことが、肝要だと言いたいのです。

その為には、

一見、自分ってものを、

殺す、もしくは、横に置いておくことが、

よく、言われることでしょうが、

実は、

それは、小さな視点に過ぎなくて、

大きな視点で言えば、

『自分』っていうものへの妥協は許されません・・・・・!!

妥協してもいいのですが・・・・、

大きな視野の元では、

必ず、ツケが回ってくるって理解が必要となることでしょう・・・・・!!

まぁ、所謂、

「現実につつかれる。」って状態に陥るってことではありますね・・・・。

だから、どうせ自己責任なのであれば、

『自分の趣向』にあえて、素直な『在り方』ってものを、

構造的に定着させる習慣ってものを、

続けていく必要性があるってことですね・・・・(^^)

自己責任だからこそ、人の為にすることもある。

自分の趣向にあえて、素直な在り方を、

構造的に定着させるとは言うても、

それって言うのは、

一見、ワガママな在り方にも見えますが、

大きな視点での、自分の為を、

実現する為には、

人の為でもあり、社会の為にもなることを、

実践することが、肝要ともなることでしょう・・・・!!

が、勿論、

そこで言う、人とか、社会ってものは、

自分の趣向に沿っている価値観の人たちでもあり、

自分の趣向に沿っている、社会構造である必要性もあるのです。

要するに、

価値観ってものは、

人それぞれでもありますから、

同じ構造でもあり、同じ行動でもあり、

同じシチュエーションに遭遇したとしても、

人の感じ方ってものは、

それぞれなものでもあります。

だからこそ、

それで得るものがある人達や、

自分自身と、大きな意味合いで同じように、

『自己責任』であえて、賛同してくれる人達に対して、

こちらからも、手助けをする必要があるってことなのです。

その手助けの成果次第では、

『自己責任』の元では、

自分事以上の喜びを感じるものでもあることでしょう・・・・・!!

まとめとして。

いかがでしたか??

『欲』っていうのは、

大きくなればなるほど、

自分自身だけでは完結しないものでもありますね・・・・(^^)

簡単に言うと、

『自分の趣向』に沿った、

人の助けになる事っていうのが、

大きな『大欲』となるってことですね。

他の言葉で言うと、

自分自身を満たして、人の為にもなる概念のことを、

『愛』とか『調和』って呼ぶことでしょう・・・・・!!

そういった、

『大欲』を持つ事こそが、

社会的にも、他人的にも、

自分的にも、

『欲』を満たす事の出来るエネルギーとなり、

価値の循環を淀み無く循環させる事と、なることでしょう・・・・・!!

その為にも、

最初の第一歩として、

自己嫌悪の経験と言う、

過去の、誰に原因があるのかさえも、

定かで無いような経験の中にさえ、

結果はともかくとして、

自分自身の在り方を省みて、

その先に存在する、未来視点を導き出す為にも、

再構築を恐れないで、決断する事が大事になるってことなのです。

この再構築って言う言葉は、

結構勘違いしがちですが、

要は、

過去のシチュエーションの再構築でもあります。

同じ事を繰り返すだけじゃあ、結果も同じです。

過去を振り返るって意識では無く、

過去の自己嫌悪を、

未来視点に変換する為にも、

すなわち、

自分自身の、今ここからの在り方を、

ブラッシュアップしていく為には、

自分自身の捉え方っていう、

大きくもあり、小さくもある概念を、

自覚的に、

自分の趣向に沿って、破壊する必要性があるってことです・・・・!!

たえず、

『在り方』を進化させ続ける事が出来る者が、

長期的な、成功を手にすることでしょうが、

自分自身の趣向ってものは、その方向性も含めて、

信頼する必要もあるでしょうし、

もっと言えば、

信仰の対象ともなることでしょうね・・・・・(^^)

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