モデリングすることは、失敗することの方が大事??

モデリングって言うと、

所謂、

成功事例を真似てみることや、

成功者そのものを、真似てみることに、

当てはまって来る概念ではありますが、

これも、

大きな範囲で、考察していくと、

実は、

真似ることって言うのは、

学校での勉強と、ほぼ、同じ形にはなって来るものでしょう・・・・・。

だけど、

モデリングってものと、

学校の勉強ってものの、

違いってものを、考察していくと、

学校の勉強は、

答えが、あらかじめ、用意されているものではあることでしょうが、

こと、モデリングするとなると、

正解ってものは、

クリエイティブに、自分自身で定義していくことが、

望ましいものでもありますね。

また、

ビジネスを行う上でも、そうですし、

所謂、人に雇われて、

労働する場合でも、

そのそれぞれの職場で、

共有が必要な役割を、モデリングするとも言えます。

が、

それって言うのは、

結局は、

顧客に価値提供をする形こそが、

答えに近く術でもあるでしょうし、

また、

自分自身の、顧客属性にとって、

価値たり得る形となり、

またまた、

その上で、未来視点での、

所謂、答えってものが、

抽象的かもしれませんが、出来上がるものなのかもしれません・・・・・!!

まぁ、

その答えってものは、

とりあえずは、脇に置いて置いたとしても、

顧客に価値提供をするってことが、

モデリングの意義でもあるとも言えますし、

単純に、

禁止事項を共有する為に、

モデリングの手段をとる場合もあることでしょう・・・・・・。

だけど、

モデリングってものを、

ただのモノマネと一緒にみることは、

はっきり言って、

ツマラナイ世界観を、広めていく手段と、なんら変わらないって現実もあります・・・・・。

要するに、

ビジネスや、アイデンティティってものを、

コモディティ化してしまい、

どこを見ても、

同じような人達の世界観でもあり、

どこを見ても、

同じような商品や、サービスしか存在しない世界観ってものを、

創造してしまう側面も、

無きにしも非ずなのです・・・・・・!!

ま、

そのような世界観ってものは、

機能的価値だけを見れば、

楽な側面も、あるのかもしれませんが、

夢が無いですよね??(苦笑)

まぁ、勿論、

我々、大人としては、

夢ばっかり妄想して、全く行動に移さないことや、

また、

行動に移していたとしても、

周りにとって、迷惑になるような、

言動ばかり続けるってものも、

あまり、関心しないものではありますよね〜・・・・・・(^^;)

要するに、

ビジネスや、労働を踏まえて、

夢を見ることこそが、

健全的な、アイデンティティを、育んでいく術ではありますね・・・・・・。

また、

「夢なんてくだらないね〜。」って言うような、

ニヒル気取りな人こそ、

ある意味、

その夢に、翻弄されガチであると言う、

現実も存在します。

まぁ、

って言うと、

なんだか、キラキラしたようなイメージを、

抱く言葉ではありますが、

要は、

思考の抽象度が高い領域のことを、

夢とも言えるものでもありますから、

そこのコントロールを、

ほったらかしにすることは、

悪影響が出てきて、当然であるとも言えます。

それらを踏まえて、

今回は、

モデリングすることは、失敗することの方が大事??

ってテーマに沿って、アレコレ考察していきましょう!!

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モデリングの前に、自分自身の生い立ちを振り返る。

結果を出す為に、

モデリングするって考えもあるでしょうが、

それよりも、

自分自身が、表現したいことを、

表現する、もしくは、体現するって視点で、

今回のお話を、進めて行きましょう。

僕は、

4人兄弟の末っ子として生を授かりました。

で、

物心が付いた時、

既に、

親兄弟から、

すごく干渉される立場にあったと言えます。

勿論、

子供の頃の僕にとっては、

参考になる人が周りに多くいるって観点から言えば、

一人っ子の家庭で育つのと比べると、

モデリングする相手に、こと欠かないって意味と、

全くの、0の状況から、

物事にチャレンジする必要性が、

あまり無いって意味では、

恵まれた環境で育ったと言えます。

また、

家は、金山家の本家ということもあり、

家族だけのコミュニティが、

当たり前の状況では無く、

法事等を取り仕切る立場にある、

親戚付き合い優先の考え方を持った両親に育てられました

その環境がありきの状態で、

育ってきた為、

子供の頃の自分を振り返って観ると、

周りの人達との、

関係性がまずありきでの、『自分』だったと言えますね。

この関係性は、

要するに、

参考になる人=先輩や、教師役の人は多く存在するけど、

『自分』っていう、アイデンティティを確立するには、

困難な状況だったとは言えます。

まぁ、

はっきり言えば、

自分自身ってものを、

言語化出来なかったし、また、

自分自身を振り返るどうこうよりも、

常に、リアクションを求められる環境だったと言えますね・・・・・(笑)。

自分自身が、自発的に、

何かを始める前から、

もう既に、

何かを勧められる状況だったと言ってもいいですし、

また、

何かを命令される状況だったとも言えるのです・・・・・!!

『自我』を確立する前の『幼い自分』にとっては、

そのまま勧められたものに、

乗っかっていけばいいだけでもありましたが、

『自我』が確立されてくる、思春期の頃になると、

そうも行きません

要するに、

『他人軸』って概念を理解し始めたのは、

この頃からなんだと思います。

まぁ、他人軸なんて言葉は、知らなかったですが(苦笑)。

また、

その、他人軸の理解と同時に、

人に勧められたものに、

タダ、

乗っかるだけでは、

『自分』を満たしきれないって事にも、

薄々と、気付き始めたのも、思春期の頃でしたね〜・・・・・。

かと言って、

そ~ゆ~環境で育った僕にとっては、

人の勧めを撥ね付ける事っていうのは、

性格的には、結構、

ハッキリ言えるのは、言えたのですが、

環境的には、難しい環境ではありましたね。

※何故ならば、末っ子だったから(苦笑)。

まともに、

それが出来るようになったのは、

バンド活動を初め、

尚且つ、

司馬遼太郎の、『龍馬がいく』に夢中になった時からだと思います。

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モデリングの効能は、自分で決断出来るってこと。

僕自身の、

モデリングってものの、

原体験ってものは、

あくまでも、

成功事例を真似して、取り入れるって視点だけでも無く、

自分自身で決断するってことに、

快楽性を見出したことにも、関連してきます

僕自身が、

もっぱら、モデリングの対象としたのは、

バンド活動で、よくコピーをした、

アーティスト達でもありますが、

一人の人を、突き詰めてモデリングした経験ってものは、

持ち合わせていません

要するに、

ギタープレイを、譜面をなぞって、

コピーするのは、勿論しましたが、

ステージングや、もっと言えば、

ギタープレイのフォームってものも、

そのモデリングの対象ではありましたが、

まぁ、

相手はプロミュージシャンでもありますから、

中々、そのまんまには、モデリングし難い存在でもありましたし、

また、

より参考になる、フォームを探していくと、

大抵は、

洋楽の、テクニカルなミュージシャンのフォームに、

行き着いたものでもありますし、

そのフォームを真似て、

自分自身の手に馴染ませる方が、

何かと、

難しい、両手に負荷が、よりかかるようなプレイであっても、

省エネで、演奏出来たものではありますね・・・・・。

また、

思想や、生き方や、

人との関係性ってものの、

モデリングには、

司馬遼太郎の、『龍馬がいく』を何回も、

読み直したり、また、

漫画や他の文献からも、

坂本龍馬の情報を入手して、

モデリングってものを、行いましたね〜。

まぁ、

モデリングとは言っても、

時代が違いますし、刀や黒船もありませんから、

あくまでも、

「自分なりに。」ではありましたが(笑)。

今思えば、

「何故か、熱意があった。」とも言えますが、

それだけ、

自分自身の、アイデンティティを、

確立したいって想いや、

シンプルに、

ただ、アイデンティティを表現したいって想いに、

飢えていたのでしょうね・・・・・・(苦笑)。

また、要するに、

モデリングとは言いますが、

結果的には、

全部、「自分なりに。」変換したとも言えますし、

また、

自分自身の環境でもあり、

自分自身の肉体に合わせてと言うか、

元々、ありきなものとして、

「自分なりに。」融合させたとも言えます。

また、

そのギタープレイのモデリングや、

坂本龍馬のモデリングを経て、

突き当たった問題は、

「完全コピー。」を目指すことは、

自分自身から、何かが失われていくとも感じたことでもありますね・・・・・。

ギタープレイで言えば、

その、モデリングする対象の、

手グセや、フォームを、コピーする手段ってものは、

存在するのですが、

オリジナルなギタープレイってものを、

考察していくと、

逆に、

手グセや、フォームってものは、

矯正するものじゃあ無くて、

省エネにしながらも、

手グセや、フォームによって、

「自分らしさ。」を表現することが、

大事だと言う思考に、行き着きましたね〜。

まぁ、

表現の手段ってものは、

小手先でもある、手グセやフォームとなることでしょうから、

そこにこそ、

元々ありきな、拘りってものを、

残すことが大事だろうし、

また、

それでこそ、

唯一無二な、オリジナルとはなれると言うことでしょう・・・・・!!

まぁ、小さな唯一無二ではありますが(笑)、

全てに関連してくるだけに、

その結果にも、レバレッジがかかってくるとも言えますね・・・・・(^^)

まぁ、だけど、

「自分なりに。」だけが大事では無かったでしょうし、

元々の、

モデリングの対象となった情報がなければ、

その「自分なりに。」の企画案ってもの自体も、

浮かばなかったことを、

補足はしておきます・・・・・(^^)

モデリングする対象は、尊敬出来る人だけに限る。

モデリングする対象となる人って言うのは、

あくまでも、

尊敬出来る人だけに限ります

まぁ、

それと言うのも、

モデリングするってこと自体が、

ある意味、

その相手に対する、承認の意味合いともなってきますので、

少なくとも、

自分自身の好みと、真逆の人を、

モデリングすることは、

苦痛でしか無いと言う事実もあるのです。

だけど、

上記であげてきた通り、

完全コピーすること自体を、

モデリングとは呼べないことでしょう・・・・・・・。

何故ならば、

完全コピーをする=その人に、成り替わるというニュアンスも、

含まれて来るものでもあります。

ハッキリ言って、

その、モデリングされる側からしたら、

自分自身に、成り代わろうとする人物が、

近くにいることは、

あまり、気持ちがいいものじゃあありませんよね・・・・・・(苦笑)。

だからこそ、

あえて、小手先の細かい部分ってものには、

自分自身を、表現することが、

大事になることでしょうし、

また、

それでこそ、

その、モデリングする対象の人とも、

適切な距離感が出来上がり、

その相手との、関係性ってものをも、考慮することが可能なのです。

また、

決して、モデリングしきれない場合でもあり、

その相手の、スキルレベルが、

唯一無二と言えるほど、

レベルが高い場合であったとしても、

単純に、その相手のスキルが好きとか、

趣向が似ているってことは、

関係性を構築する上では、

プラスに働くことでしょうから、

変に、お金や実績だけを求めて、

気持ち悪い太鼓持ちに、なる必要も無いってことでもありますね・・・・(^^)

要するに、

モデリングってものは、

そのモデリングの対象の人の、

スキルなり、役割ってものの、

お手伝いをするって意識が、大切ともなることでしょう・・・・・!!

その人に成り替わるんじゃあ無くて、

その人が、より、輝けるような役割を担うってことでもあります。

だけど、

成功者や、歴史に名だたる英雄ってものは、

すで、偶像が出来上がっているものでもありますから、

外から見れば、

そのスキルや、役割ってものが、

とても大きなものにも見えて来るものでもあることでしょう・・・・・。

が、

だからこそ、

細部に自分自身を表現することによって、

自分自身が、お手伝い出来るスキルや技術ってものを、

明らかにしていく必要も、あるってことですね。

また、

人が、

たとえ、

好意を持って勧めてくれるものであったとしても、

自分で決断する『余地』ってものは、

どんなシチュエーションであったとしても、

人の成長の為には必要なものだと言うことです。

それが無いと、

本当に、

ロボットみたいになっちゃいますし、

組織的な、お金の循環に巻き込まれると、

その余地が無いと、誰しもが、

お金の為だけに、動いてしまうものでもあるのです・・・・。

近年の、AIの発達は、

それの効率性を、高めたものでもあるでしょうし、

また、

アイデンティティの、行き場を見失いガチな人にとっては、

誰がやっても、結果が同じような作業は、

AIに任せた方が、

結果的に、

それとは別の、

アイデンティティを、育めるような作業の役割が、

出来上がるでしょうし、

いや、

企画せざるを得ない状況にも、なっていくのかも知れませんね・・・・・。

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モデリングの始まりは、高校デビューのようなもの。

モデリングを始めるとは言っても、

中々、環境によっては、

上手いこと行かない場合も、多々あることでしょう・・・・・・(苦笑)。

何故ならば、

モデリングの始まりってものは、

ある意味、

中学デビューや、高校デビューと、

同じようなものでもあるからです。

僕自身も、そうだったのですが、

在る意味、

周りに、先輩や教師が多数存在するような状況では、

その状況を、

一旦破壊する必要性が出て来るってことです・・・・!!

既に存在している枠の外に出る必要性があるってことです。

要するに、

今までは、周りの環境に、

溶け込んで、融合していた自分自身ってものを、

モデリングによって、

今まで環境とは、分離した部分を、創造するとも言えますし、

また、それによって、

自分自身のスキルや技術を、

好きなだけ、磨いていくとも言えますし、

またまた、

そのような、自分磨きってものの、

優先順位を、自分自身で高めるとも言えますね・・・・(^^)

僕にとっては、

自分自身の夢でもあり、

憧れでもあった、

バンド活動であり、

『坂本龍馬』の存在が、

『自分軸』の元にはなりました。

そのでもあり、

憧れでもあった存在のおかげで、

「自分はこう在りたい。」

っていう、

未来でもあり、

いまここからの視点でもある、

自分像ってものや、ポリシーってものが、

徐々に出来上がって行きましたね

でも、

周りに教師的存在が、

多数存在する状況から言えば、

僕自身の『自分軸』っていうのは、

最初の状態じゃあ、

社会不適合者と見られるようなものだったかもしれません。

要するに、

権威付けが必要となるとは言うことですが、

ある意味、

そう見られること自体が、

自分自身の、スキルや技術を磨いて、

権威付けする為の、モチベーションにはなることでしょう・・・・!!

また、たとえ、

社会不適合者と見られようが、

僕自身にとっては、

その『自分軸』の元が、

『自分自身』が生きてる証って感じるようなものでもありましたね・・・・(^^)b

簡単に言うと、

「俺の事は放って置いてくれ。」

ってメッセージでもありましたし、

「過干渉し過ぎ。」

っていうメッセージでもありましたね。

まぁ、でも、

そんな『自分軸』の元を、

周りの教師達が、

そのまま放って置くはずがありませんでした。

けれども、

その教師達と戦う事っていうのは、

何故か、逆効果だと理解していましたね・・・・・(笑)

もっと言えば、

戦えば戦う程、

自分の意識が、

自分磨きじゃあ無くて、

その教師達に向かうって事は、理解していたってことです。

そこに意識を向けるんじゃあ無くて、

『自分軸』の元にこそ、

意識を向ける事が大事だと理解していました

それの具体的案が、

成功哲学を学ぶ事であったし、

バンド活動に勤しむ事でもありましたね〜。

ただし、

夢見がちな、

無知な若造達のやる事でもあり、

とんとん拍子に事が進む程、甘くはありませんでした

何を持って失敗と定義するかは、

本当に人それぞれだと思うし、

『常識』なんていう枠で、

大きな失敗を定義しようものなら、

世の中の大半の人が、

『成功者』では無く、

『失敗者』になってしまうものではあります・・・・・。

要するに、

失敗っていうものは、

何かを目指して行動している過程では、

客観的に言えば、

簡単に定義出来てしまうものでもありますし、

それが故に、

小さな失敗を、繰り返すことを楽しむこと自体を、

自分磨きの為の、

スキルや技術を磨く行動って定義した方が、

何かと、精神衛生上よろしいでしょうし、

また、モチベーションも、右肩上がりとはなることでしょう・・・・・!!

長期的視点を創造する為には、失敗を楽しむことが大事。

自分の未来を見据えた、

長期的視点を持つことが、大事にはなることでしょうが、

実は、

長期的視点ってものは、

行動を持って、創造する必要があります。

要するに、

そのまま具体例が上がるくらいでは、

その、長期的視点は、

まだまだ、甘いって認識ではありますね・・・・・。

また、逆に、

目先の成否での、

短期的視点での失敗も定義する必要性があります。

この後者の、

短期的視点での失敗っていうものは、

全く気に病む必要の無い事でもあります。

在る意味、

自分がいままでの人生で、

経験した事が無い分野に挑戦するって事は、

短期的失敗の嵐でもあります。

逆に、

短期的失敗って定義出来る事の方が、

清々しく感じるものであります。(あまり続くと心が折れますが(苦笑))

新しいことに、チャレンジする場合の多くは、

「上手くいったのか、失敗したのか解らない。」

っていうのが、

本音でもあることでしょう・・・・・。

だからこそ、

自分のゴールを見据えた、長期的視点が大事になるってことですね。

その視点を持ち、

尚且つ、

自分自身の、進化や成長に繋がった行動っていうのは、

全部、

そのゴールを達成する為のプロセスだっていう認識を持つことです。

そういう認識を持ち、

小さな失敗を繰り返し、

明確化していった長期的視点が、

どんどん現実化していくことでしょう。

その為にも、

『自分軸』ってものは、

抽象度を高くし、

ゴールから描きつつも、

実際の行動によって得た繋がりによって、

どんどん進化させるものでもあることでしょう・・・・・!!

このサイクルは、

在る意味、

自分の心臓が止まるまで続ける事でもあり、

このサイクルこそ、

『より良く生きる』って事そのものでもあることでしょうね・・・・・(^^)

まとめとして。

いかがでしたか??

坂本龍馬も、

額を刀で切られていても、

このサイクルの中に居たんだと、

僕は思いますが、

僕自身のゴールは、また、別物だろうと言うことです・・・・・(苦笑)。

まぁ、

ゴールまで、小さな失敗を、楽しみ続けて行きますか・・・・・(^^)

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